“年上部下”とのすれ違いはなぜ起きるのか 日本の職場が抱える構造的な壁
2025年12月08日 公開
近年の管理職の頭を悩ませる大問題が「年上部下」問題です。組織の平均年齢が上がり、ポストオフ後も長く働くようになってきたことで、「年齢は上司よりも上だけれども部下」という50代、60代が増えました。
「元管理職の、年上のベテラン」をマネジメントする可能性がかつてよりも、ずっと高くなったのです。これは「たかが年齢」で済む話ではありません。この「年齢逆転」が、どういった意味を持つのか、丁寧に読み解いていきましょう。
※本稿は、小林祐児著『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)より内容を一部抜粋・編集したものです
頭を悩ませる「年上部下」マネジメント
バブル崩壊後の人事管理の潮流を一言でまとめれば、「脱・年功」です。年功的に上昇してきた賃金はフラットになってきましたし、等級・グレード(格付け)ごとの標準年齢も撤廃されてきました。近年ブームとなった「ジョブ型雇用」の狙いの一つにも、年功的な賃金上昇を防ぐことがあります。このように、「年を重ねるごとに高い処遇になる」といういわゆる「年功序列」の傾向は希薄になってきました。
しかし、この脱・年功の流れと、組織における「年齢」の重要性が減じることは、イコールではありません。
日本企業に今起こっているのは、いわば「年功型から年輪型へ」の変化です。年輪型とは、「何年入社か」「今、何歳か」という人に刻み込まれた「年」という過去の属性が、組織内秩序において重要な要素であることを示す筆者の造語です。
芸人の世界に見る「年輪型」秩序
「年功型」と「年輪型」のわかりやすい例が、「お笑い芸人」の世界です。ご存じの通り、芸人の世界は会社員の世界よりも実力主義的です。デビュー数年で賞レースを勝ち上がり、テレビに出演するような売れっ子の若手もいれば、何十年頑張っても芸人活動だけでは生活できない人もたくさんいます。世間で話題にならない限り、何歳になっても売れることが無い。この意味で、芸人の世界は「年功的ではない」世界です。
しかしそれでも、芸人の世界では「何年にデビューしたか」という「年輪」の秩序は頑なに守られています。先輩ならばいくら売れていなくても後輩にご飯をおごり、後輩は先輩に礼儀正しく挨拶をしなくてはなりません(特に吉本興業の芸人さんにはそうした傾向が強く見られます)。
「自分より売れていない先輩芸人」に対してきちんと礼儀を守ることが要求されます。だからこそ、誰が「先輩」で「同期」で「後輩」なのかを互いに細かく確認しあう姿がよく見られます。「何年デビューか」「何歳か」という属性が、コミュニケーションの前提として機能し続ける。これが「年輪型」の秩序です。
「年輪」と「年功」のギャップこそがコミュニケーションコストを上げる
日本は、高等教育において飛び級も留年も少なく、若年失業率も先進国の中でかなり低い国です。高卒であれば18歳、大卒であれば22歳か23歳で就職する割合が高くなります。こうした社会においては、入社直後に年上である24~25歳の会社員は、新入社員にとって「先輩」です。日本社会は、この年輪のように細かなコミュニケーションの前提が、まるでタトゥーのように刻み込まれ、残り続けます。
「年功型」の組織の場合は、この「入社からの年月」と「年齢」と「組織の中での地位」の3つがそろって上昇していきますので、その秩序が安定しています。「年輪」と「年功」が重なっている状態だからです。しかし、「脱・年功」が進み、年齢と役職が紐づかなくなる一方で、「何年に入社したか」という「年輪」を重視する人間関係は相変わらずこびりついています。
この「年輪」と「年功」にギャップが生まれるとき、上司にとっても部下にとってもコミュニケーションがギクシャクしはじめるのです。
さらに「入社の年輪」と、「生まれて何歳である」という「加齢の年輪」と、「組織内地位」という3つの要素にギャップが生まれたとき、人間関係はかなり混乱します。タメ口と敬語のどちらが適切なのか、「部長」「課長」などの役職呼びをすべきか、「くん・さん呼び」かといった言葉遣いの秩序も乱れます。
「年功」は人事制度によってコントロールできますが、この「年輪型」の秩序は制度で消し去ることができず、悪さをし続けます。「年輪型」社会に生きる日本人は、「年上の人」のことを先輩的に扱い続けつつも、指示系統としては立場が上になることによって、気苦労が絶えない状況になります。
「上下関係が逆転するときに従ってくれない、非協力的な人間がいる」(46歳、男性、医療・介護)
「部下と言いながら、歳が10以上も上で、文句ばかり言って言うことを聞かない」(49歳、男性、製造業)
このような現場からの声は枚挙にいとまがありません。
これは、学術的に言えば「エイジズム」の問題です。マネジメントも、職場も、年齢によって期待値が異なります。「年齢が上であるのにも関わらず、成果が少ない」「年を取っているのにもかかわらず仕事ができない」といった偏見です。パーソル総合研究所の調査によると3割の若手社員が、自社のシニアに対して「給料を貰いすぎ」「成果以上に評価されている」と感じています。
こうした「年上部下」をマネジメントする管理職トレーニングを実施している企業も、エイジズムの問題についてきちんと研修を行っている企業も、極めて少数です。管理職は「習ったこともない」コミュニケーション・ギャップに悩み続けています。








