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月面に人が住む日は近い 建築家が挑む“宇宙建築”の最前線

佐々木亮(博士[理学])

2025年12月08日 公開

月面に人が住む日は近い 建築家が挑む“宇宙建築”の最前線

宇宙ビジネスは10~20年前と比べて「驚くほど身近な存在になった」と語るのは、元NASA研究員の佐々木亮さん。実際に宇宙に関わって仕事をする人は、どんなことをしているでしょうか。

著書『宇宙ビジネス超入門』では、宇宙に関連する仕事の広がりを多角的に掘り下げています。本稿では、宇宙飛行士という職種以外で宇宙と関わっている人びとを紹介した一節をお届けします。

※本稿は、佐々木亮著『宇宙ビジネス超入門』より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「物語」で仲間を集めて盛り上げるマーケター

ABLabビジネスイメージ

自分で事業を立ち上げるというのはハードルが高いですよね。そんな中、ワクワクする宇宙事業を立ち上げてチャレンジする会社の「サポートをする」という仕事があります。

ここで紹介するファンブック株式会社代表の伊藤真之さんは、宇宙とマーケティングを掛け合わせたキャリアから、「縁の下の力持ち」として、宇宙の仕事をされています。

伊藤さんは、IT系のソフトウェアを扱う会社で、データベースエンジニアからデジタルマーケティング担当へ転じ、社内に1人しかいなかったウェブ担当を20名規模まで育て上げた実績を持つマーケターでした。

2018年2月、当時小学1年生の息子さんが宇宙が好きだったことがきっかけで宇宙の勉強を始めます。そして、NASA技術者・小野雅裕さんの講演で「地球の全ての産業は、宇宙産業へと横展開していく」という言葉に胸をうたれます。それと同時に、宇宙産業に新規プレイヤーがなかなか増えないのは「入口の狭さ」が課題だと感じ、自分で宇宙産業への入口となるような場を作る決意を固めました。

そこで伊藤さんは、同年8月1日に宇宙ビジネス実践コミュニティ「ABLab(エービーラボ)」を立ち上げました(その後2019年12月に一般社団法人として法人化)。

掲げたビジョンは「地球上のすべての業界を宇宙産業に巻き込む」。まさに誰でも宇宙を切り開いていけると知った伊藤さんの原体験がそのまま反映されているようなビジョンです。

ABLabの会員数は、2025年1月時点で個人会員は約100名、法人会員は9社に到達し、規模も大きくなってきています。そこから起業していくメンバーも現れ始め、当初伊藤さんが考えていた課題が解決されつつある姿が見えてきています。

マーケターとしての腕前を宇宙スタートアップに注いだ代表例の一つが、株式会社ダイモンの月面探査車YAOKI(ヤオキ)です。

YAOKIは、2025年2月に米国の航空宇宙企業、Intuitive Machines(インテュイティブマシーンズ)が月面に送った月面着陸船に搭載されて、月へ旅立ちました。そして3月に、日本の民間企業として初めて月に到達し、月面での写真撮影に成功しています。

着陸機の姿勢の問題で、YAOKIの分離ができず、残念ながら月面を走行することはできませんでしたが、「小さな民間企業でも、宇宙に挑戦できる」ことを見せてくれました。

彼は、お金をかけた広告などは一切使わずに、ニュースなどの話題作りによってYAOKIの認知度を高め、YAOKIの挑戦を支援してくれるパートナー企業を募ることで、この最初の月面探査ミッションに寄与しました。

専門はマーケティング、武器はコミュニティと物語。伊藤さんの行動は「仲間を集め、熱量を媒介に価値を循環させる」というシンプルで強力なアプローチを示してくれています。「宇宙×マーケティング」の見本としてふさわしい可能性を感じさせてくれます。

 

社内プレゼンをきっかけに宇宙建築に挑む

月面建築のグランドデザイン

近い将来、月面に人が住む日が実現するときのために、居住空間を整えるべく、世界中の建設会社がその未来の姿を現実的に描き始めています。

そんな取り組みを行う会社の一つが株式会社竹中工務店です。そして、社内で宇宙組織を立ち上げたのが、一級建築士・佐藤達保さんと田中匠さんです。

佐藤さんは2006年に竹中工務店へ入社して以来、ホテルや複合施設など様々な「地上の建築」を数多く手掛けてきました。

転機は、2022年のJAXA宇宙飛行士選抜試験でした。この試験にチャレンジしたことをきっかけに、「建築×宇宙」を本気で事業化しようと決意します。

ちょうどその年に、7年ぶりに開催された社内新規事業コンペで月面建築のビジネスモデルの提案しました。採択には至りませんでしたが、評価してくれた役員に直談判し、2023年に部署横断型タスクフォース「TXSX(Takenaka Space eXploration)」を仲間とともに発足させました。

月には大気がなく重力は地球の6分の1、昼夜は1日単位ではなく2週間に1度入れ替わり、温度差は300度近くにもなります。

地球以外の天体に安全で快適かつ機能的な建築物を建築するには、従来の地上建築のために作り込まれた設計基準では適応できない点が多くあるとしつつ、佐藤さんたちはこの前提を「新たな研究開発が求められる課題」と考え、空間の広さや温湿度、防災・セキュリティまで包含する「宇宙建築設計基準」の設定を目標の一つとしたといいます。

佐藤さんは「人が暮らすところには必ず建築の専門家としてのスキルが生かせる仕事がある。それは月でも火星でも同じ」と語っています。あくまで建築の一部だと考えて、月面の昼夜の温度差が300度あるという数字を前にしても、それは設計条件の一つと考えているようです。

加えて月面居住の旗印として佐藤さんらが提案したのが、月の溶岩縦孔に立ち上がる「ルナタワー」です。

洞窟内部に居住モジュールを配置し、縦孔の底からそびえる150m級の塔が太陽光を集め、通信アンテナやエネルギー供給の要とする――さらには月面コミュニティのランドマークにもなるという発想です。

 

根っこにあるのは「安心できる空間」作り

竹中工務店が東京タワーや東京ドームを手掛けてきた歴史が生かされ、月面で次のランドマークを建てようという発想には、地上で積み重ねた実績への誇りと、未知を楽しむ好奇心が同居しています。

宇宙建築という言葉は夢やSFに映りますが、根っこにあるのは「人が安心して暮らせる空間をつくる」という普遍の営みです。佐藤さんはその営みを月面へ水平展開し、ランドマークによってコミュニティを育むという都市計画の知恵まで持ち込もうとしています。

地上の専門技術を深掘り、未来のフロンティアへ繫げていくイメージが伝わってきます。まさに「宇宙×建築」のモデルケースであり、異分野から宇宙へ飛び込む読者にとっても、自分のスキルの延長線上に宇宙が横たわっていることを示す好例になるはずです。

著者紹介

佐々木亮(ささき・りょう)

博士[理学]

1994年生まれ、神奈川県川崎市出身。博士(理学)。専門は、宇宙物理学・X線天文学。独立行政法人理化学研究所、アメリカ航空宇宙局(NASA)の研究員を経て、現在、サイエンスライター、株式会社ディー・エヌ・エー AI事業の事業責任者、中央大学非常勤講師など。Podcast「佐々木亮の宇宙ばなし」を2020年から毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast日本ランキング3位を達成。第3回JAPAN PODCAST AWARDSで、Spotifyネクストクリエイター賞受賞、UJA科学広報賞2025大賞受賞。著書に『やっぱり宇宙はすごい』(SBクリエイティブ)やAI関連の書籍などがある。

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