「まあ、適当でもいいじゃない」 絵本作家・はせがわゆうじさんが描く“心をゆるめる”猫たち
2025年12月10日 公開
2024年7月号以降、月刊『PHPスペシャル』のイラスト連載「風に身をまかせて」「気まぐれ猫のお届けもの」で、毎号かわいらしい猫を描いてくださっている、はせがわゆうじさん。絵本やイラストを通して、読者に伝えたい想いとは――。
(取材・文:編集部 写真:清水幸男)
※本稿は『PHPスペシャル』2026年1月号より、抜粋・編集したものです
絵本作りは一生続けていきたいライフワーク

――毎号すてきな猫のイラストを描いていただき、ありがとうございます。はせがわさんは、いつから絵を描くことや物語を作ることに興味を持たれたのですか?
物心つく頃には、いつもチラシの裏に絵を描いている子供だったと思います。最初はアニメのキャラクターを模写していましたが、小学校高学年になると漫画家に憧れて、本格的に道具を揃えて漫画を描き始めました。
それとは別に、中学生の頃からギターを弾いていて、作詞・作曲もしていたんです。大学ではフォークグループを組んで、バンド活動もしていました。絵と言葉で表現したいという根っこは、今も変わっていないのかもしれません。
――はせがわさんならではの、色鉛筆を重ね塗りする画風が生まれたきっかけを教えてください。
高校生のときに見た新聞広告に、イラストレーターの仕事場を撮った写真が載っていて、ズラッと並んだ色鉛筆が写っていたんです。それがかっこいいなと思い、印象に残っていて。
当時の僕は、色鉛筆は下描きに使う道具だと考えていました。でも、そのイラストレーターは色鉛筆で絵を仕上げていて、「必ずしも絵の具を使って描く必要はないんだ」と気づいたんです。
その後、入学した芸術大学で「絵本を作る」という課題があり、そのときに初めて60色セットの色鉛筆を買いました。色鉛筆を淡く重ねて混色させながら描いた絵本を授業で発表したら、他の人の作品と比べても独自性があって。そこで初めて手応えを感じました。
優しい色合いやノスタルジックな雰囲気が、自分の絵の武器になると思ったんです。
――それから絵本を作られるようになったのですね。
そうなんです。絵本を作るだけでなく、大学卒業後に入社したデザイン事務所の人たちと絵本制作のグループを作って、絵本の展示会もしていました。
その頃から、「いつか自分の絵本を出版したい」と思うようになって。でも、どちらかと言うとイラストレーターとして仕事をしていきたいという気持ちが強く、「絵本作家になろう」とは考えていませんでした。自分にとって絵本作りは、仕事ではなく一生続けていきたいライフワークだったんです。
27歳のときにイラストレーターとして独立し、児童雑誌や教科書の挿絵、百貨店の広告など、いろいろと描かせてもらいました。
――イラストレーターとして活動する中で、印象に残っていることはありますか?
最初の画集を出した30歳くらいの頃、よくファンレターをいただいたんです。その中には、病気で入院しがちなお子さんや、心の病に苦しんでいる方からの手紙も多くあり......。「入院中、あなたの絵に救われました」と書いてくださる方もいて、とても驚きました。自分が絵を描くことで感謝されるとは思ってもいなかったので。
それからは、手紙をくださった一人ひとりの方のことを思い浮かべながら、「その人に届けるつもりで描こう」と思うようになったんです。みなさんからいただいた言葉が描き続ける原動力になりましたし、今でも「誰かを喜ばせるために絵を描く」というモチベーションは変わっていません。
未出版だった『もうじきたべられるぼく』がTikTokで話題に

はせがわさんの代表作『もうじきたべられるぼく』(中央公論新社)
――はせがわさんの代表作とも言える絵本『もうじきたべられるぼく』は、読み聞かせ動画がTikTokで300万回再生されるなど、大きな反響を呼びましたね。
本当にありがたいです。あるとき、「絵本が読めるアプリを立ち上げるので、作った絵本を提供してほしい」という依頼を受けたんです。そこで僕は、『もうじきたべられるぼく』を含む、描き溜めていた未出版の絵本を何冊か提供しました。
そしたら、そのアプリで『もうじきたべられるぼく』を見つけた人が、TikTokに読み聞かせ動画を上げていて、気づかないうちに注目を集めていたんです。それをきっかけに、制作から十数年経って、この絵本を出版することができました。
『もうじきたべられるぼく』は、出荷される運命の子牛が、最後に母親と会うため旅に出る物語です。「命を大切にしてほしい」という思いを、より多くの人に伝えられて嬉しく思っています。
――十数年も経つと、制作された当時から、ご自身の思いにも変化が生まれていそうですね。
そうですね。じつは『もうじきたべられるぼく』の最後のページは、もともと「生まれ変わったら、またちょうちょさんと遊びたい」という内容でした。でも、出版するときには「せめて、ぼくを食べた人が自分の命を大切にしてくれたら......」というような内容に変えたんです。
日本は表向き豊かそうな国なのに、自ら死を選ぶ子供が増えている。思いつめた子供がこの絵本を読んで踏み止まってくれたらと、この絵本を制作したときからずっと考えていて。
若い頃は見られ方ばかりを気にして、「ストレートに物事を伝えるのは照れくさい」と思っていました。でも、年を重ねて今はかっこつけなくなったというか、「大事なことは、素直に言葉にしたほうがいい」と思えるようになりました。
はせがわゆうじさんの理想の絵とは

猫の繊細な毛並みを、細いボールペンで丁寧に線を重ねて表現していく
――はせがわさんは動物をモチーフにした作品を多く描かれていますよね。とくにお気に入りのモチーフはありますか?
パンダや猫を描くことが多いですね。パンダは誇張せずに、そのまま描くだけでおもしろい。そうして生まれたのが、オリジナルキャラクターの「ぱんだもん」や絵本の『ふたごパンダ』シリーズ(文・西島三重子、中央公論新社)です。
猫はいつも好き勝手にのんびりしているところがいいなと思っています。猫を飼ったことはないのですが、僕の中で、猫はツンデレなイメージ。強気で気取っているけれど、弱虫で寂しがりやなところもある。猫を描くときは、それらの要素に加えて、ちょっと間抜けで気の抜けた感じも表現したいんです。
「気まぐれ猫のお届けもの」に登場する猫は、そんな感じが出るように描いています。これからの連載では、もう少しいたずらっ子っぽい雰囲気も出していきたいですね。
――「風に身をまかせて」は色鉛筆を使ったイラストでしたが、「気まぐれ猫」ではボールペンで重ね塗りをされていますよね。
ボールペンで重ね塗りするようになったのは、十数年前からです。それまでのイラストは、すべて色鉛筆だけで塗っていました。あるとき、ボールペンを使って青っぽい色調で描いてみたらしっくりきて、それが今のスタイルにつながっています。
まず水色で全体を描いて、そこに黄緑やオレンジを重ね、青で締める。最後に、色鉛筆やクレヨンで耳の中のピンクや蝶ネクタイの赤など部分的に色を加えて仕上げます。
真面目にやれば1日で完成しますが、散歩したり音楽を聴いたりしながら、2日に分けて描くことのほうが多いです。一晩置くことで独りよがりにならず、冷静な目で見られるので。

――なるほど。絵を描く中で、とくに楽しいと感じるのはどんな瞬間ですか?
絵を描く工程はどれも楽しいですが、描きながら「もっとこうしたい」というアイデアが湧いて、世界が広がっていくときは楽しいですね。気に入ったモチーフの絵は何度も繰り返し描いていますけど、必ず「前よりもいいもの」を目指しています。
きっと、自分の中に目指す「理想の絵」があるんだと思います。描いていて「理想に近づいてきたな」と思えたときが、一番嬉しいかもしれません。
――その「理想の絵」とは、どのようなものなのでしょうか?
見た人がホッとして周りの人に優しくなれるような、そんな絵です。
最近は、真面目さゆえに心を病んでしまう人が増えている気がします。そんな人たちに「まあ、適当でもいいじゃない」と伝えたい。
僕がボールペンや色鉛筆で絵を描いている理由も、そこにあります。絵の具は乾く前に塗らなくてはいけないけど、ボールペンや色鉛筆なら好きなときに描けて、途中で休んでもいい。
僕は追い立てられるのが苦手なんです。そんなふうに休み休み、自分のペースで描かれた絵を見た人が、「自分も立ち止まっていいんだ」と思ってくれたらいいなと。
みんなもっと気楽に、自由に生きようよ。そんな気持ちを絵に込めています。
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