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社会

安倍晋三氏と「ともに闘う」日本 - 日本精神の復活

日下公人(評論家/日本財団特別顧問)

2013年02月15日 公開 2022年10月13日 更新

なぜ周辺は守れなかったのか

だが同時に、なぜ安倍首相を守れる人間が政権にいなかったのか。われわれはその点を考えなければならない。

いままでの首相には、「忠義の家来」が何人もいた。忠義を尽くすのは、首相がお金やポストを配ったからである。

「自民党をぶっ壊す」と叫んだ小泉純一郎氏にしても、適任とは思えない田中眞紀子氏を外相に抜擢する(1年後には解任したが)露骨な論功行賞人事を行っている。

ところが安倍首相は、「戦後レジームからの脱却」を本気で成し遂げる覚悟を持っていたため、家来ではなく仕事ができるメンバーを内閣と官邸に集めた。集まったほうは「能力があって適任の自分が選ばれるのは当然」と大して感謝もしないし、恩義や借りはない、と思うが、それはかくあるべき姿の政権だった。

マスコミが安倍首相を指して「辞め方が情けない」「男らしくない」と批判したのは、安倍政権の仕事にはケチをつけられず、散り際以外に悪口の書きようがなかったからである。

事務所費問題を追及されて辞任、その後、自殺に追い込まれた松岡利勝農水相は、日本農業を強化して輸出産業にする政策の推進論者だった。安倍内閣でマスコミから狙われた閣僚の多くは、既得権益と戦う同志でもあった。

そして致命傷となったのは、社会保険庁の年金記録に不備があるという「消えた年金問題」である。年金記録の不備が起きたのは1990年代以降のコンピュータ化に伴うものだが、参院選が行われる2007年に突如として浮上し、安倍政権が社保庁解体を決めると内部情報のリークが相次ぎ、報道に火がついた。「安倍政権を道連れにする社保庁の自爆テロ」ともいわれている。

約1年で退陣を余儀なくされた安倍氏には、未完のまま頓挫した政策がいくつもある。たとえばキャリア官僚の人事を内閣が握り、天下りを厳しく制限する公務員制度改革は、福田康夫政権下で基本法案こそ通ったものの、官僚組織の抵抗に遭い、骨抜きにされて現在に至っている。

捲土重来を期す安倍晋三氏が批判を覚悟で総裁選に立候補した大きな理由の1つは、周知のように中国や韓国が領土問題で無理難題を仕掛けているからである。国益が蹂躙されているにもかかわらず、民主党政権は有効な手立てを何も打てずにいた。尖閣諸島について「落ち着いて解決を」などと言っていては、必ず沖縄まで取られてしまう。

中国の軍事力から日本の領土を守るのに、今ならまだ間に合う。安倍首相だけが、6年前から中国の意図を見抜き、憲法改正に向けて、まずはその手続法である国民投票法を成立させた。安倍政権があのまま続いていれば、今日のような事態には至らなかったに違いない。

 

「和平」と「平和」の違いとは

国家間における「戦争」は、武力戦だけではない。経済戦、情報戦、文化戦、文明戦、思想戦など、すべて戦争の1つというのが世界の常識である。

日本人は、平和が永遠に続いていて、時々戦争があると思っているが、そんな考え方は世界では子供にしか通用しない。国家間はまず戦争が基本で、時々「休憩」がある。ボクシングの試合に似ている。

休憩の間にも、やはり次のラウンドへの準備は続いている。汗をふいたり、水を飲んだり、相手をにらみつけたりする。国家間もそうで、平和なときでも戦争は続いている。それぞれが体力を回復させると、また戦いが始まる。それが経済戦である。

そのほかにも、文化戦、文明戦、思想戦などがあって、どれも次の戦いのための準備である。あわよくば相手がそのまま降伏してくれることを願っている。「とてもかなわない」と相手に思わせるためには、情報戦も必要である。

たとえば、中国は日本に仕掛ける情報戦を「和平工作」と言っている。日本なら「平和工作」と言う。その言葉尻をとらえて、中国人は「日本人は侵略的である」と非難し、「われわれ中国人は文化的だから、和平工作をする」とのたまう。

では「和平」と「平和」の違いは何なのか。

中国は、和してしかるのちに平らげる。先に「和」がくるので良いと思い、仲良くして油断させてから平らげる。あるいは征服してしまう。一方、日本人は「平和」、つまり平らげてから仲良くするのか ―― 中国人はそうした言葉遣いを問題にして、日本をひるませようとする。それが情報戦である。

かつてイギリスが世界中に植民地を持っていたころ、植民地支配の任にあたる人をロンドンに呼んで会議を開くと、英国国教会の牧師たちからこんな要求が出た。それは、イギリスの女王が家族と仲よくしている映画、写真、漫画などをもっとたくさん送ってくれというものだった。それらを植民地の人に見せると、イギリスを好きになるという。

アメリカは、ハリウッド映画をつくって世界中にばらまいている。それらを見ていると、やはり多くの人がアメリカを好きになる。ジョン・フォードの映画を見ていると、アメリカの男はフェア・プレーを尊ぶらしいと思い込む。あるいはかつて、ソビエトは盛んに「共産主義が世界で一番よいから、資本主義を卒業した国は共産主義になる」という宣伝をした。中国も「社会主義が世界で一番よい」と言った。自分たちは実行していないが……。

ともかく、世界各国は「自分の国が一番よくて、あなた方の国はまだダメだ」という宣伝戦をやっている。ところが、日本はそうした宣伝をしない。日本人は「そういう宣伝をするのは、はしたない」と思うから、黙っていても「良いものは自然に分かってくれる」と信じている。10年も20年も辛抱する。そんな国民は世界にいないから、当然ながら、分かってもらえない。

しかしやがて文化や輸出品を通じて日本の心は浸透するから、とくに説明する必要はないというのは本当である。「日本のことを知りたければ日本にお越しください」である。

「日本の思想は世界最高」だが、「どこが最高なのか」と聞かれると、実は自分たちが何も考えていないから答えられない。答えられないと「ウソだ」になってしまう。

「日本を説明できないのは英語が下手だから」などと言う人がいて、「小学校から英語を教えよ」という意見が出てくる。しかし、それは話が逆である。話すべき内容を知らずに英語が上手になっても、とくに話すことがない。それなら喋れないのと同じである。

戦争と金融頼みの経済を続けて、アメリカは延々と国費を投じたが、その結果は信用も予算も乗数効果もない国になった。

そこで当てになりそうなのが中国と日本だが、日本は2011年の東日本大震災で「わが国はアメリカや国連に金を出す余裕はない」と言えるようになった。

いまこそ政治家は日本の国富を守るため、この台詞を言わなければいけない。

 

日下公人

(くさか・きみんど)

評論家、日本財団特別顧問

1930年兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行取締役、ソフト化経済センター理事長、東京財団会長などを歴任。ソフト化・サービス化の時代をいち早く先見し、日本経済の名ナビゲーターとして活躍する。現在、日本財団特別顧問、三谷産業監査役、原子力安全システム研究所最高顧問。
著書に『日下公人が読む 2013年~日本と世界はこうなる』(ワック)『思考力の磨き方』(PHP研究所)など多数がある。

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