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やなせたかし「僕はもっと若い頃に世に出たかった。ただ…」

2013年02月18日 公開

やなせたかし(漫画家)

人生は「運・鈍・根」

人生にムダなことは、何一つありません。全部、自分に役立つ、そして、やり続けることが大事。

――投げやりになることなく、ずっとこの世界で仕事を続けていられたのは、何が支えてくれたんでしょうか。

あのですね、この世界は「運・鈍・根」なんです。ですから「運」がよくなくちゃいけない。

そしてあんまり器用に、何でも簡単にできるっていうんじゃなく、いくらか「鈍」であって。

それからあと大事なのは、「根」。つまり、根気よくやらなくちゃいけない。それがあれば、どんな人でも、ある程度のところまでいけるんです。満員電車に乗っていても、いずれ席は空く。自分の座る席が必ずどこかに空くんで、その時、座ればいいんです。

――「運」、これは運命だからしょうがないですよね。自分ではどうしようにも難しいことです。

「運」は、自分でつかまなくちゃいけない。

このつかむということは、例えば漫画を描いているとすれば、仕事がこなくても、絶えず描いていなくちゃいけないんです。そうしないと、運は巡ってきません。やめてしまえば、そこで終わり。必ず続けていなくちゃいけない。

すると、何かしら運というのはやってくるんです。その時に、パッとつかむんです。ただ、つかむためには、自分がやり続けていないといけない。

あるバレエの評論家が、「やなせさん、私はこの頃仕事がすっかりなくなって、いったいどうすればいいでしょう」って聞いてきた。僕は「それはねえ、あなたにとって、とてもいいんじゃないですか。いま、時間がたくさんあるでしょう。この空いている時間を利用して、バレエについての研究をしなさい。それを一生懸命やればいいんですよ」と言ったんです。

それから2年くらい経って、その人に会ったんです。「やなせさん、ありがとうございました。じつは言われた通り、私は仕事じゃなしに、やり残していたバレエの研究を始めたんです」って言うの。すると、その研究をやっているうちに、仕事がどんどんくるようになったって。そういうもんなんですね。つまり、やっている人のところには、なぜかくるんだ。何もしてない人のところにはきません。

いま、世の中は不景気で、困った、困った、困ったということが溢れていますけど、困ったと言ってるだけじゃ、何も始まらない。絶えず、自分がやっていないとダメなんです。どんな状況になっても、やり続ける。その場を楽しむように。

それと根気なんだよね。やっぱり、根気がないとダメなんだ。

――漫画家になりたいという強い思いがあって、いまは絵本を中心にお描きになっていますけど、それまでやってきた仕事とはつながっているんですか?

そうだね。巡りあってしまうと、それまでやってきたことが全部役に立つ。

テレビで『それいけ! アンパンマン』の放映が始まったでしょ。僕は以前、アニメーションの仕事、それからシナリオの仕事もやっていたから、シナリオをパッと見て読めるんですよ。シナリオって初めての人にはちょっと読みにくいと思うの。

ところが僕は、シナリオの仕事もやったから違和感なくパッと見て読めるんです。あとステージの仕事やなんかもやっていたので、アンパンマンのコンサートをやる時にそれが役立ちます。

僕はもっと若い頃に世に出たかったんです。

ただ遅く出てきた人というのは、いきなりダメにはなりません。こんなことをしていていいのかと思っていたことが、みんな勉強になり、役に立っていく。人生にムダなことなんて1つもないんですよ。

著者紹介

やなせたかし(Takashi Yanase)

漫画家、詩人

1919(大正8)年2月6日生まれ。出身は高知県香美市。東京高等工芸学校図案科(現・千葉大学工学部デザイン科)卒業後、製薬会社の宣伝部に入社。1941(昭和16)年、野戦重砲兵として日中戦争に出兵。終戦後、三越の宣伝部デザイナーを経て、独立。漫画家の肩書きを掲げるが、舞台美術や放送作家、演出家、作詞家、デザイナー、編集者など多分野で活躍する。1973年、代表作である『あんぱんまん』の絵本を出版。シリーズ化され、1988年、テレビでのアニメ放映が始まったのを機に大ブレイクし、現在に至る。
『詩とメルヘン』の編集長を長年務め(1973-2003年)、現在は季刊雑誌『詩とファンタジー』の責任編集を手がける。日本漫画家協会理事長を、2000年5月―2012年6月まで務めた。

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