M-1グランプリ2022年の王者・ウエストランド。鋭い言葉をテンポよく放つ"悪口芸"でおなじみの井口浩之さんは、「傷つけない笑い」が流行れば流行るほど、実は好都合だったと振り返ります。2025年12月に最新刊『悪口を悪く言うな!』(Gakken)を刊行した井口さんが明かす、悪口を言ってもストレスゼロの理由、SNSで攻撃的な人の弱点、そして言いにくい時代をチャンスに変える視点とは。
悪口をたくさん言う井口さん。ストレスもたくさん抱えているのでは?
――もし井口さんが誰かに悪口を言われたとき、それはストレスになるというより、言い返しちゃうタイプなんですか?
【井口】持ち帰らず、その場で出す感じです。例えば上司の悪口とかをみんなで集まって言うじゃないですか。あれ、いいと思うんですよ。結局、共通の敵がいれば仲良くなるというか。
ドラゴンボール理論で、ピッコロだって敵だったけどサイヤ人が来たら仲良くなるし、ベジータもフリーザが来たら仲良くなる。共通の敵がいたら人は仲良くなるんです。むしろ今、会社で「飲み会やらない」とか言ってる世代の方が危ない気がします。
――なるほど。悪口を共有することがメンタルヘルス的にプラスになる、と。
【井口】そうだと思いますよ。そういう付き合いすらない方が怖いですね。
――井口さんには、そういう"悪口を共有できる仲間"は多いんですか?
【井口】世に出る前なんて毎日ライブ終わりに飲んで、「あいつらが当たるわけない!」とか、「テレビマンはわかってない!」とか、めちゃくちゃ言ってましたから。それのおかげで今がある感じはありますね。ひどかったですけど(笑)。
――"楽しい悪口"と"ただ嫌な悪口"の違いってありますか?
【井口】個人攻撃だとやっぱりよくないですよね。僕の場合、漠然とした誰かというか、結局「そんな人いないんじゃないか?」くらいの存在に向かって言ってます。M-1でも個人名は一つも出してませんし。漠然とした"若者"や"ユーチューバー"に向かって言ってるだけなんで。
――でも「誰かを指してるんじゃないか」と邪推されませんか?
【井口】邪推されたら、「じゃああなたがそう思ってるってことですか?」っていう話なんですよ。僕は誰のことも言ってないのに、誰かのこと言ってると思うなら、それはそっちが思ってるってことなんで。
みんなが思ってなきゃウケないんです。ウケるってことは、みんなが思ってるんですよ。
――つまり、イライラしてることを言ったり書いたりしても、それが個人攻撃にならない形になっている。
【井口】溜め込んでる人の方がしんどいんじゃないですか? SNSにグチグチ書くくらいなら、全員芸人になればいいと思うんですよ。
全員が芸人になってネタ作ったり、配信したりすればいい。炎上してる人って結局"スベってる"ってことですから。ウケることを研ぎ澄ませば炎上もしないし。笑えたらストレスもたまりません。必修科目にした方がいいですよ。みんな顔と名前を出してやれば、変な書き込みも減りますし。
SNSに平気で悪口を書くくせに、守備力ゼロの人たち

――本の中でもそうなんですが、井口さんは強く言いつつも、人の振る舞いや世の中の「おかしなところ」をすごく細かく見ている印象があります。それはもう、勝手に目についてしまう感じなんでしょうか?
【井口】そうですね。別に"観察してやろう"なんて思ってないですし、普通に生きていきたいですけど、嫌なことばっかり起きるんですよ! しょうがないですよね。
むしろ、そういうことを何も思わないで生きていける人の方が羨ましいですよ。何も考えずに生きてみたいですよ、こっちだって。
――日常の中で、かなりいろいろ考えながら生きているタイプ、ということですよね。
【井口】いや、でも自然とそう思っちゃうじゃないですか。
昨日も、空港の預け荷物を受け取るベルトコンベアのところで、荷物の出口の目の前を陣取って自分のがきた瞬間に取ろうとしてるやつがいて。しかも、そいつその場で上着を着るんですよ!一回どけよ! と。とりあえず持って、ゾーンから出ろよって話じゃないですか。あそこでのんびり着替え始めるなんて信じられないですよ。
もう「こいつ何やってんだよ...」っていう。なんであんなに川上で取りたいのか意味がわからない。順番に出てくるんだから、普通に待って取ればいいのに。
本当にヤバいですよ。ああいうのが普通に起きるから、言うしかないんですよね。
――逆に、気づいてしまったことで自分まで傷つくことはありますか?「知らなければよかった」と思うような。
【井口】まあ、腹は立ちますよ。ただ、気づいちゃったものはしょうがない。言い返すとか、そういう手段しかないですからね。
――例えば、自分の悪口が人づてで耳に入ってきた場合はどうですか?
【井口】そんなの許さないですよ! どういうやつか、徹底的に調べ上げます。
――くよくよ悩むというよりは、愚痴として発散する?
【井口】そうですね。くよくよ悩んでもしょうがないし。みんな、なんでそんなにくよくよするんですかね?
――なかなか、その場で言い返せないとかはありますよね。井口さんは、そこですぐ行動に移されるのがすごいです。
【井口】例えば、SNSに悪口を書かれるじゃないですか。それに対して、ちょっと言い返しただけで「うわあああ!怖いよおお」みたいな反応をするんですよ。守備力ゼロなんですよ、あいつら! ちょっとリポストしただけで「うわあ゙あ゙あ゙あ゙~」みたいになって。
ネットに悪口書かれるって、本来すごくツラいことなんでしょうね。僕ら芸人なんかはもう麻痺してるだけで。嫌なことポストしてくる人ほど、ちょっと言われただけでX(旧Twitter)消しちゃったりするじゃないですか。「どういうメンタルなんだよ!?」って思いますよ。
人には平気で言ってくるくせに、自分は攻撃に全振りして守備力ゼロ。あれ、すごいですよね。もっと太陽浴びた方がいいんじゃない? とか、運動した方がいいよ! とか思っちゃいますね。
――「うわあ゙あ゙あ゙あ゙~」っていうニュアンスを活字で伝えるの、めちゃくちゃ難しいですね(笑)。言う人に限って打たれ弱いんですね。
【井口】そうそう。意味がわかんないですよね。本当は弱いのになんで攻撃するのかわからない。だから、SNSは「顔と名前と職業を出さなきゃいけない」というルールにしたら、世の中の大体の問題は解決すると思います。本当はバレてるのに、本人はバレてないと思って、悪口を言い続けてるわけですから。
「言いにくい」世の中の風潮に、居心地の悪さは感じない
――芸人の吉住さんとのラジオ「孤独のアジト」では、最近「全肯定」の文化がネットやテレビで広がっているというお話をされていましたよね。「存在してるだけで素晴らしい」「頑張ってて偉い」みたいなフレーズが世の中によく溢れている。
それについて、改めてどう思われますか? 井口さんは悪口をガッと言う場面も多いと思いますが、「発言しづらくなっているな」と感じることはありますか?
【井口】それは全くないですね。むしろ"カウンター芸"なので、言いにくくなればなるほど、こっちとしてはラッキーです!
一時期「傷つけない笑い」みたいなのがもてはやされて、「もっと流行れ、もっと流行れ」と思ってましたからね。
その反動でM-1優勝できたみたいなところもあると思ってます。「うわ、そんなこと言うんだ!」って空気になった方が、こっちの出番ですから。
だから、言いづらくは全くなってない。今の世の中は「キモいな」とは思いますけどね。
「頑張ってて偉い」とか「生きてるだけですごい」とか言うけど、「いやいや、もっと頑張れよ!」って思いますよ。ゴロゴロしてるだけじゃねえか、と。
――ラジオでも「そのうち揺り戻しが来るんじゃないか」と話されていましたね。
【井口】あると思いますよ。そこから本当に"人とのつながり"とか、"人情" "感謝"みたいな方向に戻っていくと思います。個人だけじゃ生きていけないですからね。
今は、ただ楽して逃げてばかりの嫌なやつも多い。でも、そういうのも少しずつ変わってくるんじゃないですかね。
――とろサーモン久保田さんとの番組「耳の穴かっぽじって聞け」では、けっこう辛口の発言が多いですよね。井口さん、とろサーモン久保田さんもそうですが、"ものを言う役割"としての活躍が多いですね。そういう強い言葉を"笑い"に変えるために、意識していることはありますか?
【井口】どうですかねぇ...。「なんか言ってください」「噛みついてください」って頼まれて、噛みついてるわけじゃないですか。そう考えると僕ら、一番尖ってないタイプのタレントですよね。
言えって言われたことを、ただ言ってるだけなんだから。
でも、今みたいな時代だからこそ、「真理を言う人」みたいな存在が支持されやすいんだと思います。そういう人じゃないと、もう笑いづらくなってるところはあるかもしれない。
本音を言いづらい社会だから、本音を言う人間が笑いにつながりやすい、評価されやすいっていうのは、ここ何年も続いてる感覚がありますね。
(取材・編集:PHPオンライン編集部 片平奈々子)








