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「誰からも嫌われたくない人」が誰からも好かれなくなる皮肉

2020年12月17日 公開

加藤諦三(早稲田大学名誉教授、ハーヴァード大学ライシャワー研究所客員研究員)

人間関係

社会にあふれている悩みのほとんどが「人間関係」についてである。長年多くの方の悩みを聞いてきた加藤諦三氏は他人からの評価ではなく、自分の基準で関係を選択できれば人生はもっと楽になると語る。

加藤諦三著『自立と依存の心理』(PHP文庫)では、どこか不安で自分に自信を持てないのは「心の自立」ができていないからと加藤諦三氏は語る。過去を振り返ることで自身を見つめ、本当の心の自立をすることで逆境に折れない生き方ができるようになる。

※本稿は加藤諦三著『自立と依存の心理』(PHP文庫)より一部抜粋・編集したものです。

 

「誰からも嫌われない」のは好かれてないから

「私はこうして生きていく」という姿勢があれば、当然のことながら、自分を拒否する人も出てくる。あるいは低く評価する人も出てくる。それは仕方ない。人はそれぞれ違った価値観を持っている。

そこで嫌われるのが怖い人は、相手の価値観に合わせてしまう。するとどんどん自信を失っていく。合わせれば合わせるほど、どんどんと相手の言いなりになっていく人間になってしまう。

そして相手の言いなりになっているからといって、相手はこちらを高く評価するわけではない。相手は逆にこちらを舐めるだけである。好かれようとして、逆に低く評価される結果になる。

舐められることでさらに傷つく。嫌われたくない症候群の人は神経症的自尊心が強い。つまり傷つきやすい。傷つきやすいのに、低く評価されてしまう。「この人に低く評価されてもいい」「この人に嫌われてもいい」、そうハッキリと思えれば自分の意志や感情を相手に伝えられる。

依存を断ち切れば恐れは消える。「依存と恐れ」から相手に意志を伝えられないでいるうちにいつの間にか意志そのものがなくなってしまう。抑うつを克服するためには「できる限り、人々のとり扱いを区別すること」が必要である。

それは抑うつ状態にある人たちはしばしば、誰も彼も同じように扱うからである。人々のとり扱いを区別するためには「こうすべきだ」ということに囚われないで心を柔軟にする。

例えば誰とでも仲良くすべきであるということに囚われない。足を引っ張る人との付き合いを止めること。人の足を引っ張る人もいれば、人の成功を喜ぶ人もいる。誰とでも「仲良くすること」は決して状況を超えていいことではない。「人の不幸を喜ぶ」人とは仲良くならない方が望ましい。

とにかく人の接し方を人によって区別することである。質の悪い人を拒絶し、質のいい人と付き合うことで何となく自分に自信ができてくる。人の扱いを区別することで心の支えを作ろうとすることである。

 

自分があるとは、心の基準があること

嫌われたくない症候群の人は、皆に嫌われたくない。だから誰でも彼でも同じに付き合ってしまう。そして「自分にとって誰が大切か?」が分からなくなってしまう。

皆に嫌われないということは、大切な人がいないということである。「この人が好き」「この人が大切」ということが分かって、生きる意味が出てくる。心の支えがないから嫌われるのが怖い。嫌われるのが怖いから心の支えができない。悪循環である。

対象無差別に愛を求める人は、対象無差別に傷つく。この人に愛されたいという人はこの人の言動に傷つく。しかし対象無差別に愛されたい人は、誰であっても、その人の言動に傷つく。

自分にとってどうでもいい人というのがない。不誠実な人にどう思われても本来関係ないのだが、どんな人でも会うと心が動揺してしまう。まさに欠乏動機で動いている人たちである。

周囲の人間環境から独立をしていない。欠乏動機で動いているということは愛情飢餓感で動いているということである。誰からであれちょっと軽く扱われても不愉快になる。ちょっと軽く扱われると傷ついてしまう。

とにかく対象無差別に愛を求める人は問題である。まず自分にとって誰が大事かが分からない。だから誰にでもいい顔をする。反対に誰とも深いかかわりができない。誰とも深い心の絆ができない。誰と接しても深い心の満足がない。

私に本当の深い心の満足をもたらしてくれる人は「この人だ」ということがない。それが分かれば生活の仕方も違ってくる。対象無差別に愛を求める人には日々の生活の積み重ねがない。

日々の生活の中で次第に心の絆が深まっていくという人間関係がない。あの人もこの人も同じ知人である。そしてそれがいつになっても変わらない。次第に親しくなっていく人と、そのとき、そのときの関係の人との違いがない。

親しさにはいろいろな色があるが、対象無差別に愛を求める人には親しさの色がない。色がないということは誰とも親しくはないということである。

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