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野間文芸新人賞に『時の家』『カンザキさん』 新人賞の枠を超えた2つの作品

PHPオンライン編集部

2025年12月19日 公開 2025年12月19日 更新

野間文芸新人賞に『時の家』『カンザキさん』 新人賞の枠を超えた2つの作品


野間賞を受賞された皆さん

12月17日、第7回野間文芸新人賞の受賞式が行われました。野間文芸新人賞には、鳥山まことさんの『時の家』と、ピンク地底人3号さんの『カンザキさん』の2作が受賞作に選ばれました。本稿では、選考委員を務めた高橋源一郎さんの選評と、受賞者それぞれのスピーチを紹介します。

 

高橋源一郎さん「新人賞の枠を超えた2つの作品」

高橋源一郎さん
高橋源一郎さん

選考委員を務めた高橋源一郎さんは、今回の選考について「5作の中から2作に絞られ、甲乙つけがたいということで、満場一致で2作を選んだ」と説明しました。

まず鳥山まことさんの『時の家』については、「家が主人公と言ってもいい作品」と評価します。

「鳥山さんは建築士でもあるので、家の描写が圧倒的に魅力的です。取っ手や引き手の描写があまりにも素晴らしいので、最近は自分の家の取っ手を見てしまうほどです。人間より家の方が魅力的なのでは、と思うほどでした」

築40年の家が解体される場面で、図面が飛び散る描写についても「物であるがゆえに、人間よりも美しいかもしれない」と語り、強い印象を受けたと振り返りました。

続いて、ピンク地底人3号さんの『カンザキさん』については、「職場小説」であり、「圧倒的なリアリズムがある作品」だと述べます。

「選考会で、この作品を一番強く推したのは私でした。なぜかと言いますと、舞台は配送業の現場なんです。特に冷蔵庫を運ぶ場面が生々しい。実は僕は20代の頃に冷蔵庫を運んでいまして、冷蔵庫を運ばせるとうるさいですよ。この描写が深く刺さりました」

労働の現場から立ち上がる人間の恐ろしさと、劇作家としてのバックグラウンドを感じさせるユーモア。その両立が素晴らしい作品だったと評価しました。

『時の家』と『カンザキさん』、どちらも「新人賞の選考作品というものを超えた素晴らしい作品だった」と賛辞を送りました。

 

鳥山まことさん「無数の偶然の中から大切なものを見逃さないように」

鳥山まことさん
鳥山まことさん

『時の家』で受賞した鳥山まことさんは、執筆中に訪れた、京都にある「鈍考」という施設での体験について語りました。

「外観を見ただけで足を止めてしまうような素晴らしい建築です。アプローチには庭木がぽつぽつと生えていて、奥に大谷石の階段が続いていています。その先には漆喰の外壁が立ち、左手には佇むように木の扉が付いていました。中に入ると、見通す先には縁側が広がり、右手に畳の小上がり、左手の壁一面には本棚がずらりと並んでいます。 鈍考という施設は、つまりそこで本を読む施設なんですね」

「本棚には幅允孝さんというブックディレクターの方が選書した本が並んでいて、限られた90分という時間を使って、いつもの読書とはまるで違う体験ができました」

その場所で、谷川俊太郎さんの詩集『手紙』を手に取ったといいます。

「縁側で開いた『手紙』の1ページ目に『あの時』という詩があって、その瞬間、この小説はこの詩のために書いているのではないか、と強く心を動かされました。あの詩のおかげで、小説を作るきっかけになったと今でも思っています。非常に貴重な出会いでした」

鳥山さんは、『時の家』は「たまたま書けた小説」だと語ります。

「たまたま行った場所で、たまたま詩に出会えたからこそ書けた。しかし、私はそれ以前も、たまたま会った人、たまたま出会った街、たまたま聞いた話...そうした偶然をなんとかかき集めて書いてきたのだと思います。これからも、私の各作品は必然というよりも偶然のものだと思います。だからこそ、その無数の偶然から大切な何か一つを見過ごしてしまわないように、しっかり目を凝らして観察して書いていく。 そういう風に書いていくことが私には重要なんだと思います」

無数の偶然の中から大切なものを見逃さず、誰かの「たまたまの一節」になる作品を書き続けたい。そうした思いで、今後の創作への決意を語りました。

 

ピンク地底人3号さん「不思議な巡り合わせで小説を書くことに」

ピンク地底人3号ピンク地底人3号さん

ピンク地底人3号さんは、自身を「演劇人」だと紹介し、戯曲を書くことが人生の中心だったと語ります。

「僕は20年近く戯曲を書いております。僕にとっては戯曲を書くことが全てです。ありとあらゆること、ありとあらゆる経験は全て戯曲を書くためにあります。それだけで十分だったんですが、不思議な巡り合わせで小説を書くことになり、さらに不思議な巡り合わせでこの賞をいただきました」

現時点では、小説は今のところは「書かなくても困らないもの」だと率直に話しつつも、すでに書きたいことはたくさんあると続けます。

「自分にとって戯曲は本当に書かなきゃ困るものなのですが...。この先、小説も書かなきゃいけないものになっていったらいいなと思っています。巡り合ったすばる編集部の方々を驚かせられる、楽しませられる小説が書けたら、小説家としてもやっていけるんじゃないかなっていう気がしています」

小説という新たな表現に向き合う決意を語り、スピーチを締めくくりました。

 

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