『国宝』ヒットの舞台裏 原作者・吉田修一と李相日監督の信頼関係【野間出版文化賞受賞スピーチ】
吉田修一さん
12月17日、第7回野間出版文化賞の授賞式が都内で開催されました。同賞は、講談社創業110周年を機に創設されたもので、書籍や雑誌といった既存の出版ジャンルに限定せず、出版をめぐる多様な表現活動を評価することを目的としています。
今回、野間出版文化賞に選ばれた、吉田修一さんの原作小説『国宝』と、それを映画化した李相日監督による映画『国宝』。原作と映像が相互に高め合い、社会現象とも言える広がりを見せた点が評価されました。
本稿では、選考委員を務めた弘兼憲史さんによる選評と、受賞の場で語られた吉田修一さん、李相日監督それぞれのスピーチを紹介します。
弘兼憲史さん「日本のエンターテインメント業界全体を勇気づける快挙」

弘兼憲史さん
野間出版文化賞の選考委員を務めた弘兼憲史さんは、冒頭で自身を「『島耕作』を42年間もしぶとく描き続けている漫画家」と紹介し、会場の笑いを誘いました。
今回の受賞作品については、「選考会一同に異論なく、ほぼ満票だった」と明かします。
「今年は、何といっても映画『国宝』の話題で持ち切りでした。日本の伝統芸能における"血と芸"をテーマにしながら、邦画史上最高となる興行収入174億円を記録した。これは映画界のみならず、日本のエンターテインメント業界全体を勇気づける快挙だったと思います」
中でも弘兼さんが強く心を打たれたのが、李相日監督による演出と映像表現でした。
「芝居の場面のカット割り、カメラワークの美しさは、本当に筆舌に尽くしがたい。私はスクリーンの前で息をのみました。歴代の歌舞伎座の資料を集めて作られた、あの巨大なセット。それを後ろから、二人の役者を捉えるカットの美しさには、本当に驚かされました」
さらに、歌舞伎役者・中村扇雀さんとの会話も紹介しました。
「田中泯さんが演じた万菊が、病床で見せたたおやかな手の動きが、六代目・中村歌右衛門にあまりにもそっくりだったと、扇雀さんが驚いていました。役者がメイクをする場面でのアップ、汗のかき方まで含めて美しかった、と」
映画史の文脈でも、『国宝』を高く評価します。
「私は映画ファンで、日本の歴代映画のベストテンとして小津安二郎、溝口健二、黒澤明、小林正樹、今村昌平......そうした監督の作品を常に頭に思い浮かべていますが、『国宝』は、その中のベスト5に入れたいと思えるほどの作品でした」
そして、その完成度を支えたのが原作の力だったと語ります。
「原作の力強さがあってこそ、映画とのシナジーが生まれ、国民的ヒットになった。吉田修一さんは、黒子をまとい、中村鴈治郎さんの後をついて、楽屋から舞台まで徹底的に取材されたと聞いています。4年近くに及ぶ取材力には、心から感服します。作品のリアリティを支えるのは、やはり現場取材です。累計200万部を超えるベストセラーを生み出した吉田さんに、心から敬意を表したいと思います」
吉田修一さん「奇跡のような映画を作っていただいた」

受賞の挨拶に立った吉田修一さんは、「こういう場が本当に苦手でして」と前置きしつつ、選考委員への感謝を丁寧に述べました。
「本当に思いがけず、こんな大きな賞をいただきました。いまだに驚いていますが、これは間違いなく、隣にいらっしゃる李監督をはじめ、キャスト、スタッフの皆さんのおかげです」
中でも李相日監督への思いを強く語ります。
「弘兼さんの選評で、『国宝』が歴代の名作に並ぶとおっしゃっていて、20年近く前から、李さんはそういう監督だと思っていましたので、胸が熱くなりました」
映画『国宝』が公開から半年を経ても上映が続いていることにも触れ、「もしまだ観ていない方がいらっしゃったら、ぜひ劇場で」と呼びかけました。
「そして、よろしければ、小説の方も読んでいただけたら嬉しいです(笑)。本当にありがとうございました」
李相日さん「言葉を紡ぐ闘いを、どう預かるか」

李相日さん
続いて登壇した李相日監督も、「こういう場が本当に苦手」と率直な思いを語りつつ、文芸の世界の授賞式に初めて参加した驚きを明かしました。
「映画界とまったく違って、皆さん個性が強烈で、見ているだけで飽きない。何を話すか考える暇もなく、ずっと注視してしまっていました(笑)」
吉田さんと李監督の出会いは『悪人』だったと振り返ります。
「『悪人』がなければ、今の僕の監督人生はなかった。『悪人』『怒り』、そして今回の『国宝』で、こんなところまで来るとは思っていませんでした」
映画の現場では、日常的にとても傲慢なことをしている、と李監督は率直に語りました。
「映画会社では、テーブルの上にいくつもの原作が並び、この本を映画にするか、この本を映画にするか、という判断をします。さらに映画化が決まれば、脚本の段階で、ここを切る、ここを残す、と取捨選択を重ねていく。そうしたことを、私たちは日々、当たり前のように行っています」
そのうえで、授賞式で語られた作家たちの言葉を聞き、あらためて強く胸を打たれたと続けました。
「今日お話を伺っているだけでも、小説家というのは、自分の世界と、自分の人生そのものと向き合いながら、一語一句、一行一行、言葉を紡いでいる。その闘いの果てに一冊の本が仕上がっているのだと改めて実感しました。その本を、私たちはいかに預かるべきなのか。作家の方々が、その作品で何を一番目指してこられたのか。そこを誤っては、絶対にいけない。それを見極めることが、何よりも重要だと思っています」
『国宝』が多くの人に届いた理由についても言及します。
「それは映像や衣装の美しさだけではなく、人間が自分の内なる衝動に向かって魂を燃やす、その生き方の美しさに、多くの人が渇望していたのだと思います。一方で、人間は、いいことばかりではない。醜さも含めて愛せるキャラクターを、これからも吉田さんには描いてほしい。それを我々映画人が、新しい形で届けていけたら」
「そうしたつながりが、強固になっていけば嬉しいです。本日はありがとうございました」








