誰にも必要になる「リアルな経営分析」とは何か?
2013年03月11日 公開 2024年12月16日 更新
《PHPビジネス新書『IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ』より》
リアル経営分析は企業の健康診断(精密検査)
何をもってAさんを健康と言えるのか
そもそもリアルな経営分析は何のために行うのだろうか。
経営分析の目的ははっきりしている。その会社がいい状態にあるのか、悪い状態にあるのかを見極めることである。
経営分析はよく人間の健康診断にたとえられる。検査をし、出てきた数字をチェックして、健康体なのか、病理的な状態にあるのかを判断し、隠れた病気を見つけたり、将来の予防に役立てたりする。
昔は一律に同じ基準を適用していたが、最近はだいぶ研究が進んで、肝臓のこの数値はAさんにとっては異常値でも、BさんにとってはOKの範囲内である、といったように、個別に診断を下せるようになってきた。人間の健康診断でも体質や年齢、性別によって見方が変わるように、企業の経営分析でも個体差がある。
業種やビジネスモデル、企業規模によって、健康体のゾーンが違う。ましてや個別企業の置かれた状況によって判断基準がまったく異なるので、ある数字だけを取り出して健康である、病気であるとは一概には言えない。
経営分析とは、言ってみれば、経済メカニズムの分析である。企業は経済的に帳尻が合わないことをしていると、いつかは潰れてしまう。だから、経済的に帳尻が合う構造になっているのかいないのかを知らなければいけない。
帳尻が合っていない場合は、明らかに病気である。あるいは、現在は帳尻が合っている場合でも、何かしら脆い欠陥を抱えていることがある。そこに問題が発生すると、とたんに儲からなくなってしまうのだとすれば、それは潜在的な病理と言える。
企業も生命体として生き続けるためには、定期検診を受けて、予防したり、潜在的なリスクを回避したりしなければいけない。そこで何か異状が見つかれば、さらに精蜜検査を行い、個別の治療方針、予防方針を立て、実行しなくてはならない。前者に当たるのが四半期決算や定常的な経営モニタリングであり、後者に当たるのがまさに本書のテーマである「リアル経営分析」である。
ちなみにM&A時に行う財務DD(デューディリジェンス)、事業DDも、この「リアル経営分析」のレベルで行われるべき調査・分析となる。
人間の健康診断では、AさんならAさんの年齢や体質や生活習慣といったものを踏まえたうえで、何をもってAさんにとっての健康と定義するのか。そこが見えないと、本当の意味での健康診断、精密検査とは言えない。
経営分析でも、個別企業の実態をつかまえておけば、その企業に応じた診断が下せるようになる。
個別企業固有の経済構造の本質がわかっていると、たとえば、この会社の儲けの根幹は、結局のところ、特定のこの商品が売れているかどうかにかかっている、といったことが見えてくる。
潜在的な病理と顕在化している病理
もし売り上げの大半を占める商品があるとしたら、その企業の最大の課題は、その商品の価格が崩れたらどうすべきかということだ。値崩れするリスクがどれくらいあり、そういう場面に遭遇したらどう対処すべきかを考えておかなければいけない。
そもそも、その価格が今まで通ってきた理由が何かも見ないといけない。たとえば、あるマーケットで独占的地位を築いてきたからだとすれば、独占を崩すような競争相手が出てくるか、何らかの理由で独占禁止法に引っかかったりしない限りは、その企業の収益基盤は安定している。多少人件費が高かろうが、問題ないはずだ。
逆に、明確な背景理由がなくて、たまたま価格に変化がなかったという場合は、今の価格体系が維持できるかどうかは予測がつかない。崩れた瞬間に一気に業績が悪化するということもありうるだろう。
このように、リアルな経営分析では、その企業が抱えている潜在的なリスクは何か、ということも視野に入ってくる。過去を評価するのではなく、将来どうなるかを見極めるのが経営分析の役目だからだ。
同じ病気でも、潜在的な病理と顕在化している病理がある。過ぎたるは及ばざるがごとしで、たとえば、在庫回転率が極端にいい(=ほとんど在庫を持っていない)場合は、その裏返しで何らかのリスクが隠れていないかを診ないといけない。今回の東日本大震災で、在庫回転率が良く手持ち在庫がほとんどなかった企業がすぐに操業停止に追い込まれたのはその例である。
人間も同じだ。健康のために始めたジョギングで頑張りすぎて心臓が肥大したら、かえってリスクが大きくなるかもしれない。体脂肪率を下げるのは良くても、体脂肪率が極端に低い状態で被災したりすると大変だ。ある程度脂肪がないと、空腹に耐えられないかもしれない。もともと必要性があって、ある程度の体脂肪率を保つようにできている。かといって、脂肪を蓄えすぎてもいけない。別のリスクが増大するからだ。
誰にでも必要な「リアルな経営分析力」
誰しも会社や事業について、かなりの真剣勝負で、当事者の立場で見立てをしなくてはならないことがある。経営者でなくても、自分が勤めている会社は大丈夫か? 自分のいる事業部は? 取引先は大丈夫か? を真面目に考えねばならない状況に遭遇するはずだ。金融機関や投資会社に勤めていれば、融資や出資すべきか否かは、日常業務そのものであり、まさにこのリアルな経営分析力が問われる状況だ。実は私たちビジネスパーソンの人生には、会社や事業が実際のところどれだけのものか、意識、無意識の判断を迫られることが少なくないのだ。
リアルな経営分析力は、皆さんが仕事で関わる多くの人々の人生、そして何より皆さん自身と皆さんの家族の人生にも大きな影響を及ぼしうるのである。その意味で、拙著『IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ』では経営分析の中でも、より客観性が高く、誰しもが共通に身につけうる経済的、論理的、数量的な側面での経営分析手法を中心に扱っている。会社と事業のよき診断者となるための、最も基本的な事柄を、できるだけわかりやすく説明するように努力したつもりである。
もちろんその先に、より高度に経営の人間的側面、情緒的側面から会社や事業のクセ、本性を分析し、洞察する世界がある。本書でも、そのさわりには触れているが、まずは基本である。応用編、すなわち経営における主観的、人間的要素をいかに洞察するかは、本書において皆さんとリアル経営分析の基本編を共有してからにしよう。
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冨山和彦
(とやま・かずひこ)
経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEO/パートナー
1960年生まれ。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトデイレクション代表取締役社長、産業再生機構COOを経て、IGPIを設立。数多くの企業変革や業界再編に携わり、現在に至る。
主な著書に『挫折カ―― 一流になれる50の思考・行動術』『IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ』(以上、PHPビジネス新書)『カイシャ維新 変革期の資本主義の教科書』(朝日新聞出版)『会社は頭から腐る』(ダイヤモンド社)などがある。