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生き方

損得・コスパ重視は人生を貧しくする 僧侶・名取芳彦が教える「心おだやかに生きる技術」

名取芳彦(僧侶)

2026年02月26日 公開

損得・コスパ重視は人生を貧しくする 僧侶・名取芳彦が教える「心おだやかに生きる技術」

情報に追われ、費用対効果(コストパフォーマンス)ばかりを求められ、心が休まらない現代。僧侶の名取芳彦さんは、損得勘定ばかり気にする人は、気づかないうちに人生も損得で考えるようになりかねない、と説きます。「人生の意味はまだ決まっていない」「キャンバスに絵を描いていくようなもの」という視点から、急がずに生きること、人と比べずに生きることの大切さを教えていただきました。

※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

比べることをやめれば、心おだやかな時間が増える

まわりと比べて焦る人がとても多いようです。他と比べると、全体の中で自分がどこにいるのかハッキリします。しかし、比べても自分の力が変わるわけではありません。

比べる弊害について、ある僧侶は「比べて悲しむと自分を失う。比べて喜ぶと人を傷つける」と言ったそうです。名言だと思います。

2位の人が1位の人と比べて悲しめば、実力をアップするために自分がやるべき課題が見えにくくなり、自分を見失います。
比べて「あなたより私は上だ」と喜べば、自分より下の人を傷つけることになります。比べられた人にすれば、バカにされたのと同じだからです。

ですから、心おだやかな人を目指す仏教は「比べることから離れたほうがいい」と説きます。私もそう思います。
かつて私は、他と比べてばかりいた時期がありました。そのたびに心が乱れていたのです。しかし、比べる弊害を納得したおかげで、他の人と比べないようになりました。心おだやかな時間が増えたのです。

 

人生に損得勘定を持ち込まない

また、最近は情報に追われ、わかりやすい費用対効果(コストパフォーマンス)ばかり求める人も増えているそうですが、情報に追われているように感じる人は、自分が興味ある情報を、こちらから拾いにいく意識を持てばいいでしょう。

お金は使うものですが、欲深い人はお金に使われ、振りまわされます。情報も自分が使うもので、使われるものではありません。情報に追われ、押し流されていると感じるなら、情報に使われているのです。

そんなときは、自分の状況を冷静に振り返るといいでしょう。私の場合、「情報を整理して使っているというより、情報に翻弄されている」と気づいて、ネット上をウロウロしなくなりました。情報量が少なくても、ほとんど困りません(坊主という生き方をしているからかもしれません)。

仕事としてたくさんの情報が必要な人は多いでしょう。しかし、仕事(生活)は人生とイコールではありません。仕事や生活という表皮の下にある人生が充実しているかを問う時間を持って情報に接したほうが、心おだやかでいられます。

コスパについては、「プライスレス」という感覚でとらえてみるといいと思います。あなたの人生は、損得でもコスパでも計れない、プライスレスなのです。

損得は経済用語です。「ある品物をどのスーパーで買うと損で、どのスーパーなら得か」などは、経済の話だからいいのです。しかし、損得ばかり気になれば、経済価値の損得が、人生にしみ込んでいきます。

「自治会の役員なんか引き受けたら損」「あの人には黙って従っていたほうが得」など、気づかないうちに人生も損得で考えるようになりかねません。

損得で動く人は、損をしないために人を裏切ったり、得をするなら悪いことをたくらんだりします。ですから、私は、人生に損得勘定を持ち込む人を信用しません。

コスパばかり気にしている人も同様です。知らないうちに、自分や他人の人生をコスパで計る寂しい人になる危険性があります。

 

一生をかけて1枚の絵を描く

「人生に意味はありますか?」と質問されることがあります。私は「決まった意味なんかないでしょう」と答えます。すると、相手は「無意味ですか!」と驚きます。

私はあわてて「無意味ではなく、まだ決まっていない"未意味"ということです」と説明します。

私たちの人生は、キャンバスに絵を描いていくようなものでしょう。失敗の絵の上に成功の絵が上描きされることもあります。失敗が成功のもとになったのです。

ピンチのすぐ横にチャンスを描くこともあります。ピンチをチャンスに変えるためです。愛の絵の上に裏切りの絵が重ね塗りされることもあるでしょう。

そのときそのときで、絵のタイトルは変わります。このタイトルこそ、そのときの自分の「人生の意味」と言っても過言ではありません。最終的に意味が確定するのは自分が死ぬときかもしれません。

アメリカの文化人類学者のメアリー・キャサリン・ベイトソンは、同様のことを「死というのは物語の終わりと同じ。タイミングによって、それ以前の出来事の意味が変わる」と言っています。

人生という絵を急いで描き上げても新しいキャンバスが手に入るわけではありません。私たちは一生をかけて1枚の絵を描きつづけるのです。

どれだけ急いで描いても仕上がらない絵を描いているとわかれば、急ぐことはない、急いでも仕方がないと覚悟できます。そこから、心に余裕のある生き方ができるようになります。

 

迷ってもいい、待ってもいい

急がなければ、なにげない時間や出来事に、かけがえのなさやいとおしさを感じられる可能性が増えます。

私の気づきは「生まれて初めて64歳になった」「今日は自分の命の第一線。自分の人生の最前線だ」という事実でした。そのことに気づいてから、丁寧な生き方ができるようになった気がします。

急がなければ、まわりもよく見えます。
瓦のすき間に生えている草に「生きる場所、そこにもあるのか屋根の草」の言葉を重ね合わせることもできます。そうすれば、たとえば将来施設で暮らすことになっても、そこで堂々と生きていく覚悟ができます。

どうしようと迷い、動き出せないことにモヤモヤしている人に、「人は決めないと動けないからね。あなたはまだ決めていないから動けないのは仕方がないんだ。『決められるまで待とう』と決めるのも一つの方法だよ」と言えるようにもなります。

SNSの「いいね」を期待して投稿している人に「共感を求めすぎれば、相手には面倒だから、かえって人とつながれないよ」とアドバイスするだけでなく、自分でも「いいね」を求めなくなります。

また、急いでいることに気づけない人との共通項も、急がない生き方をすると気づくようになります。初対面の人と天気の話をするのは、それが二人の共通項だから。その話をすれば心の距離が縮まるのです。

この共通項の気づきが、やさしさが発生する土壌になります。急いでいる人は「私は私、あなたはあなた」と割り切っていることが多く、共通項に気づきにくいので、やさしくない人が多いのです(私の偏見かもしれません)。
いかがでしょう。急いでも人生にはあまりいいことはないように思われます。「急がないこと」の効用について、数年に一回チェックできたらいいですね。

プロフィール

名取芳彦(なとり・ほうげん)

僧侶

1958年、東京都生まれ。元結不動密蔵院住職。真言宗豊山派布教研究所研究員。豊山流大師講(ご詠歌)詠匠。『気にしない練習』(知的生きかた文庫)、『60歳を過ぎたら面倒ごとの9割は手放す』(アスコム)など著書多数。

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