「どうしようもないことは、どうしようもない」自由意志なんて、爪の先ほどしかないのかも
2026年03月10日 公開
人生には、どれだけ考えても変えられない事実がある。その前で人は「選んでいるつもり」になるけれど、本当に選べるものは、案外とても小さいのかもしれない――。
BTSのRMも読んだ韓国の作家ファン・ギョンシンさんのエッセイ『夜11時』(&books/辰巳出版)より、"自由意志"を手放したことで、嫉妬や不平から少し自由になれた――そんな、静かな思考を紹介します。
※本稿は、ファン・ギョンシン著『夜11時』(&books/辰巳出版)より内容を一部抜粋・編集したものです
どうしようもないことは どうしようもないこと
人間には自由意志というものがあるのか、ないのか。この問題について、わたしはずっと前に結論を出した。あなたが医者からこう言われたと仮定しよう。(とても不幸な仮定だけれど、わたしの考えを正確に伝えるためにどうしようもないことを理解してほしい。)
"あなたはがんです。手術をすれば助かる可能性は50パーセント程度です。手術をしなければ、残された時間は6カ月程度です。"
つまり、あなたの選択肢はふたつしかない。手術をするか、しないか。どんな選択をしても、あなたががんであるという事実は変えられない。それがわたしたちに許された爪の先ほどの自由意志というものだ。わたしがどんなきっかけで自由意志という問題について繰り返し考え、どんなきっかけでこんな結論に到達したのかは忘れてしまったけれど、ここまで考えが及ぶと何だか頭の中がすっきりした。(そう、どんよりしたのではなく、むしろすっきりしたのだ。)
まるで違う話のようでも実は同じ話がもうひとつある。わたしは飛行機の旅があまり好きではないのだけれど、それは持病の広場恐怖症のせいでもあるし、速すぎる時間で遠すぎるところに至るという事実が落ち着かないせいでもある。
いつかそんな話をしていたら、友だちがこう言った。
"わたしは好きだけどなあ。黙っていたらごはんが出てきて、シートベルトをして寝て。何もしなくてもよくて。飼育されてる気分じゃない。"
「飼育」という言葉のニュアンスはネガティブだけれど、わたしは即座に、しかもポジティブにその言葉を理解した。その後、そんな心情で飛行機に乗ると、不思議なことにリラックスできた。つまり、こういうことだ。もともと人間にはご大層な自由意志なんてものはないのだという結論に至ったとき、わたしは本気で人生の一部分を手放すことができたのだ。言ってみれば、欲望や嫉妬、恨みや不平みたいな感情が、ようやく退化し始めた気分だった。
どうしようもないことはどうしようもないこと。こんなわたしの考えがあなたは気に入らないかもしれない。だけど、わたしたちによく起こる問題の大部分は、自分の意志どおりにならないことに腹を立て、たくさんのことに責任を持とうとするからだとわたしは信じている。(責任を持つべきことは他にあるけれど、これは別の話なのでここでは省略する。)
(再びたとえ話に戻って)がんという事実は決して変えられないので、泣きわめいて神も仏も恨んで、通りすがりの人を手当たり次第に恨んでも無駄なこと。どうしてわたしにこんなことが起きるのか、後悔しても役に立たない。50パーセントの確率で博打をして、人生を取り戻すのか手放すのか、それとも残りの6カ月をとてつもない不安と闘いながら生きるのか。ここまで深刻ではなくても、実際に人生に横たわったすべての選択の道は、こんな決定を要求する。そしてその道を行ってみなくては結果はわからない。
ふたを開けなければわからないシュレーディンガーの猫のようなものだ。だからふたを開ける前にはふたつの結果が同時に存在する。漠然とした予測、予感ではなく実際に。(シュレーディンガーの猫は量子力学の話だけれど、わたしは最近心酔している。心酔したところでわたしが量子力学をきちんと理解できるはずはないのだけれど、絶対に何か重要なものがそこにある。この話も次の機会に。)
悲しいことに、何もしなくても人生にはどうしようもないことが起きる。運命は人間に配慮してくれないから、ある日肉体が強力ながん細胞に占領されて、ある日大切に守ってきた価値観を奪われて、ある日あらゆる暴力や裏切り、予想もつかない事故が襲ってきて、ある日命より大事な愛が遠ざかる。
人生は誰にとっても従順ではなく、わたしたちはみんな、自分なりのがん細胞を抱えて生きている。他人にはその重さや苦痛は想像もできないから、自分の細胞を取り出して何から何まで見せたくはない。
ただ、生きていて石につまづいて転んだりすると、医者と患者の話を思い出す。どうしようもないことはどうしようもないこと。そんなとき、わたしはすべてのドアを開け放し、多くのものを捨て、隅々まで掃除をして、過剰な自意識を払い落とす。誰かの言葉じゃないけれど、旅は身軽に行くものだから。あの角で、わたしたちは別れるかもしれないのだから。







