小説家・真山仁さんの最新作『チップス ハゲタカ6』は、前作『ハゲタカ5 シンドローム』から8年。主人公・鷲津政彦が「半導体覇権」と、緊迫する「台湾有事」に対峙します。
刊行を記念して行われたトークイベントでは、日経BPの担当編集者・白壁達久さんが聞き手を務め、真山さんの「小説家」という肩書へのこだわりやキャラクターの作り方、そして今後の『ハゲタカ』シリーズの構想までが深く掘り下げられました。
64歳になった鷲津政彦の変化
――主人公の鷲津政彦は現在何歳という設定なのでしょうか。20年近く続いているシリーズなので、鷲津自身も変化してきている部分があるのではないでしょうか。
【真山】鷲津は私と同い年という設定にしています。私は昭和37年生まれなので、今年64歳になります。つまり、鷲津も64歳です。シリーズ作品では登場人物について、二つの選択肢のどちらかを選ばなければいけません。
一つは、年齢をまったく変えないという方法です。例えばエルキュール・ポワロは、登場したときすでに70歳前後でしたが、1920年から50年間ほとんど年を取っていません。おそらくアガサ・クリスティ自身、ポワロを長く書き続けるつもりがなかったのだと思います。
もう一つは、年齢をきちんと重ねさせる方法です。アメリカのハードボイルド小説などでは、主人公が年を取っていくケースが多いです。『ハゲタカ』シリーズの場合、作品の中で「何年何月」と時代を明示している以上、年齢も重ねていくしかなかった。
問題は、同い年だからこそ、自分自身の変化を客観的に見るのは難しいことです。私は自分では大人になった、変わったと思っていますが、知り合いに言うと、「何言ってるんですか、全然変わってないでしょう」と笑われたりします。そこをどう表すかは悩むところでしたが、変える努力はしています。
――どのあたりを変えようとされたのでしょうか。ネタバレにならない範囲で教えてください。
【真山】これは私自身の目標でもあるのですが、尊敬しているイギリスの小説家が二人います。P・D・ジェイムズとジョン・ル・カレです。
P・D・ジェイムズはアガサ・クリスティの系譜に連なり、英国ミステリーの女王とも言われる存在です。もう一人のジョン・ル・カレは、スパイ小説のキングですね。
この二人は若いころ、とても難解な小説を書くことで知られていました。読むのが大変だと言われるような作品ばかりです。例えば映画化された『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(『裏切りのサーカス』の原作)は、読むだけで自慢できると言われるくらい難解な小説でした。
ところが二人とも、70歳を過ぎてから作品がとても読みやすくなったのです。何よりすごいのは、若者を瑞々しく描けることです。
自分が70歳になったとき、同じように書きたい、そのためにはどうすればいいかと考えました。おそらく一度、自分が持っていたものを手放す必要があるのだと思います。言い方を変えれば「枯れる」ということです。人は枯れて、そこから円熟に向かうのではないか。
最後まで戦い続けて前に倒れて死んでいく生き方もあると思いますが、個人的には大人として成長し続けたい。だから私自身の目標は「円熟」です。円熟へ向かうには、必然的にどこかで枯れていかなければならない。
ですから、鷲津も枯れさせたい。私は小説を書くとき、登場人物とずっと会話をしています。鷲津とも「どうする」「君はどう大人になっていくんだ」と対話し続けているような感覚です。
今回はかなり意識して、「鷲津、変われ」と念じながら書きました。変わったかどうかは、読者の方に判断していただくしかないと思っています。
自分と価値観の違う人物を描くには

――『チップス ハゲタカ6』には多くの登場人物が出てきます。読んでいて「こんな人物も描けるのか」と驚かされる場面も多いのですが、キャラクターに命を吹き込むとき、登場人物同士の対話はどのように組み立てているのでしょうか。
【真山】私は新聞記者を2年半で辞め、その後はフリーライターとして広告系の原稿を書く仕事をしていました。エンターテインメントに関する原稿を書くことが多かったのです。
正直に言うと、「この音楽のどこがいいんだろう」とか、「この芝居は退屈だ」と思うものを、魅力的に書かなければならないことがありました。
そんなときは、「これはどういう人が面白いと思い、好きになるのだろう」と考えて書いていました。その作品を好きになる人の立場に立つことを、自分のミッションにしていました。
当時は、小説家になるための訓練だという意識もありました。好きなものについてなら誰でも書けます。難しいのは、自分とは価値観の違う人の視点で書くことです。
例えば、私は納豆が嫌いですが、納豆を「ものすごくおいしい」と言う人がいる。その人は、そのおいしさをどう表現するのか。そういうことを考え続けてきました。その経験が、キャラクターの幅を広げることにつながっていると思います。
もう一つ大事なのは、登場人物を際立たせるための「カウンターパート」です。よく対立構図と言われますが、単純な対立とは少し違います。モノローグだけで人物の性格を伝えるのは難しいのですが、2、3ページほど会話をさせると、二人の性格が自然と浮かび上がってきます。
例えば、まだ輪郭がはっきりしていないキャラクターがいる場合、その人物を際立たせるために、別の人物があえて圧をかける場面をつくる。そして会話や内面描写を通して、その人物の性格を浮かび上がらせていきます。そうやって、それぞれの場面で「この人物ならどう振る舞うのか」を考えながら、会話を組み立てています。
戯作者こそ社会を照らす存在
――『ハゲタカ』はデビュー作でもありますが、真山さんにとってどのような存在なのでしょうか。
【真山】デビューから21年が経ちました。『ハゲタカ』は本編が6作、スピンオフを含めると8作あります。間違いなく自分のライフワークとなるシリーズです。
1作目は単行本の時点でもそれなりに注目されて売れましたが、やはりNHKでドラマ化されたことが大きかった。正直、「こんなに本って毎週売れていくんだ」と実感した作品でもあります。『ハゲタカ』がなければ、いまここに私はいないと思います。それくらい大きな存在です。
私にとって『ハゲタカ』は大好きな作品であり、自分の小説の基本でもあります。今でも頭の中には、『ハゲタカ』を書いていたときのワクワクした感覚が残っています。どの作品を書くときにも、「あのワクワクを超えているか」と自分に問い続けています。そういう意味でも、とても大切な作品ですね。
――今回のイベントの告知文で「人気作家・真山仁」と書いたところ、「作家」の部分に赤字を入れて「小説家」に修正されていました。これはどういった理由からだったのでしょうか?
【真山】「人気」のところにも赤を入れませんでしたか?(笑)。
「作家」という言葉は、どこか芸術家のような響きがありますよね。それよりも、私はエンターテインメント小説の「戯作者」だと思っています。
別に、自分を卑下しているわけではありません。むしろ、戯作者こそ社会を照らす存在だと思っています。
例えば歌舞伎です。映画『国宝』の影響もあって歌舞伎を見る人が増えましたが、歌舞伎は、言ってみればワイドショーのようなものです。実際に起きた心中事件などを題材に舞台にしている。
脚本を書いた人たちは、もともと「戯作」を書く人たちと呼ばれていました。そこには人間の真実が描かれている。同様に私も高尚な文学を書いているつもりはありませんし、「作家」という言葉には少し芸術家的な響きがあるので、敢えて「小説家」でありたいと思っています。
『ハゲタカ』シリーズ、今後の構想
――6作目が出たばかりですが、今後についてはどのように考えていらっしゃいますか。
【真山】実は、三つほどテーマを考えています。
一つ目は、フランスの某巨大ファッションメーカーを題材にした話です。ただこれを連載すると広告が取れなくなる可能性が高いので、なかなか実現が難しい(笑)。
二つ目はスタートアップです。今回の作品に登場する台湾の半導体メーカーは、時価総額が130兆円を超えます。日本の国家予算より大きいくらいです。そんな企業を買収できるのか、という世界ですよね。今度は逆に、規模は小さく将来性の大きいスタートアップの世界を書いてみたいと思っています。
三つ目は宇宙開発です。民間企業が宇宙ビジネスを広げていく流れは、世界のトレンドです。それなのに日本では、いまだに宇宙を「夢」として語っている。宇宙は本来、ビジネスになり得るものです。
最近では、小惑星にレアアースが存在する可能性も指摘され、理屈の上では、プラチナだけの星や金だけの星があるかもしれないとも言われています。アメリカや中国、ヨーロッパなどが月に拠点を置き、無人探査機を飛ばして小惑星を採掘する構想も出てきています。
小惑星は誰のものでもないので、最初に到達して旗を立てた国のものになる。こうした分野は巨大企業でなくても参入できる可能性があります。そこも面白いテーマになると思っています。
もう一つ付け加えるとすると、最近の『ハゲタカ』では、アングロサクソンの世界と対峙する構図が多いのですが、今度はフランスを舞台にしてみたいですね。
関心があるのは「食」についてです。これからはエネルギー以上に、世界の食料供給が大きな問題になる可能性がある。現在でも食料備蓄はありますが、小麦や米を圧倒的に独占している企業はほとんどありません。
そこで、世界有数の美食の国であるフランスを舞台に、鷲津を活躍させる物語も面白いと思っています。もし『日経ビジネス』が連載してくれるなら、喜んでフランスやオランダに取材に行きます(笑)。
いずれにしても、次は8年もお待たせするつもりはありません。連載から単行本までには最低3年ほどかかりますが、3年後には次の作品を出せるように頑張りたいと思っています。








