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著者インタビュー『デフレの正体』

2010年11月08日 公開

日本政策投資銀行参事役 / 藻谷浩介フリー編集者・文筆家 / 聞き手・仲俣暁生

"内需と景気が連動しない時代

 仲俣 藻谷さんは日本政策投資銀行にお勤めで、地域振興のコンサルティングがご専門ですが、今回の

『デフレの正体』という本では日本経済の現実を、理論ではなく具体的なデータによって示すという方

法で、各方面にセンセーションを与えました。

 そもそもなぜ、こういう本を書こうと思ったのでしょう。

 藻谷 日本経済の現場には、世の常識とはかけ離れた現実があり、背景には人口構造の変化があるということを、全数調査の統計数字を使ってお示ししたかったのです。書評などに「筆者の主張は」と書かれることが多くて残念なのですが、書いたのは主張ではなく、公開データの示す単純な事実と、その論理的な解釈です。私以外の誰かが書いても同じ内容になるでしょう。

 たとえば、バブル崩壊後の就職氷河期とされる1990~95年に、実際は日本の就業者数は増えていた。その逆に、「戦後最長の好景気」と重なる2000~05年には就業者数が減っている。

 なぜそうなるのかという理由もこの本には書いていますが、それ以前にまずは、事実がそうであるということを、みなさんに認識してほしいと思いました。事実として内需と景気が連動しなくなっている。モノづくりの国際競争力はあるが、それでは解決しない問題が山積みだ、そうした現実理解を共有したい、というのが私の動機なのです。

 仲俣 そのような意識をもつに至った背景には、日本各地の地域経済をみてきた長いご経験があるようですね。

 藻谷 この本は、過去10年間に全国で4,000回近く行なってきた講演の総論部分だけをまとめたものなんです。講演では具体的な地域や企業に即した各論を話していますが、その部分は、あえてこの本からは落としました。

 仲俣 日本経済にとっては景気のよし悪しより、現役世代=生産年齢人口の減少のほうが本質的に問題である、という指摘には私も目から鱗が落ちました。

 藻谷 講演で人口の話をするたびに、「目から鱗だ」といわれつづけるんですよ(笑)。さすがにもうそろそろ、こういった数字が世の中の常識になってもおかしくないのではないか、と思うようになり、こういう総論だけの本を書くことを決めたんです。

 仲俣 普段の講演はどのようになさっているんですか?

 藻谷 地域や企業など、聴き手の具体的な状況に応じて各論は変えるわけですが、基本的なバックボーンには、生産年齢人口の減少と高齢者数の激増という今世紀日本の人口構造の変化を置いている。多くの人がマクロ経済理論をベースに話をするのに対し、私はミクロ経済理論+人口論+マーケティング理論、というのが特徴です。

 毎回、講演先の地域の数字を使い、相手が企業人か行政か一般人かによっても話し方を変え、会場の反応をみながらよりよく伝わる方法を考える。基本的に呼ばれたらどこへでも行くので、一昨年度などは登壇が年間四百何十回になってしまいました。

 仲俣 最初に講演を始められたときのテーマは何でしたか。

 藻谷 もう15年も前になりますが、当時、日本政策投資銀行の富山事務所にいた先輩が地元の若手有志とやっていた勉強会に呼ばれ、「21世紀はどうなるか」という演題で話をしたのが最初です。まだワープロの時代でしたが、そのときに話した10ぐらいの仮説を書いた紙が残っていて、いまみてみると割といい線をついていた感じがします。(笑)

 たとえば、途上国に対する日本の競争力を守ろうとすれば、国内に途上国を持ち込むしかない。外国人労働者を増やすか、人件費を下げて、当時はまだ「ワーキングプア」という言葉はなかったですが、低賃金労働者を増やすかたちで解決するしかなくなる。しかし彼らの消費レベルは低いので、製造業だけに依存した地域振興は難しい、という話をしました。

 そのころから、「モノづくり技術がすべてを解決する」とか「労働者数さえ確保できれば経済は回る」とか、供給ドリブン(駆動)の考えは経済の実態に合わないことを各地で観察していたのです。

 製造技術以上に、需要に合わせた商品コンセプトづくりといった経営技術が重要になるだろうと考えたわけですが、この認識はいまも変わっていません。

理論から安易に演繹をする危険

 仲俣 他方、この本に対しては、思いがけないところから反発もあったようですね。

 藻谷 読者として想定していなかった層から、ネットであれこれ論評されて驚きました。「これは反マクロ経済学の本である」というような批判です。マクロ経済学の理論書を読み込んでいる方々の一部が発信源のようですね。

 でも著名な経済学者の方々からも数多く好意的な書評や言及をいただいていることが示すように、この本自体、落ち着いて読んでいただければ、マクロ経済学を否定したり攻撃したりしたものではないとわかります。

 私は、「いま起きているのは、クルマや家電、住宅など、主として現役世代にしか消費されない商品の、生産年齢人口=消費者の頭数の減少に伴う値崩れだ。これはマクロ経済学上のデフレではなくて、ミクロ経済学上の現象ではないか」と指摘しています。

 だから、今世紀初頭の「戦後最長の好景気」の時期にも小売販売額は低下を続けていたし、多年の金融緩和も効果がなかったということなのですが、これに対して「デフレの原因が人口減少であると述べるとは、マクロの勉強不足も甚だしい」と批判される。述べていないことを批判されても困ります。(笑)

 なかには、「生産年齢人口の減少はほぼ世界中で起きている」といった、私がこの本で警鐘を鳴らした「率」と「絶対数」の混同(この場合には高齢化率と生産年齢人口の混同ですが)を地でいってしまっている、明らかな事実誤認の批判もありました。むやみに速読せずに、基本的な数字を確認してから論評してほしいですね。

 ですが本来この本は、学術論争を意図したものではありません。経営者の方々や、「自分の給料はなぜ上がらないのか」等、個人的な疑問をもちつつ現場で必死に働いている若い方々にこそ読んでほしいと思います。自分が何に苦しんできたのか、どこに活路があるのか、すっきりとみえて、元気が出てきますよ。原因がみえれば、日本経済はいわれるほど捨てたものではないこともわかります。

 仲俣 いわゆる「失われた10年」という言説をはじめ、バブル崩壊後の長期不況のあいだには、インフレターゲット政策を主張するいわゆる「リフレ派」など、ジャーナリズムのレベルでも、さまざまな言葉が飛び交いました。しかし、結果として景気はいまだに上向かず、堂々めぐりの印象があります。

 藻谷 さまざまな言葉が飛び交うなかで、私が警戒するのは、いまとは前提条件の違う時代に確立された理論から、安易に演繹をすることで、思考過程を省力化しようとする動きです。学んだセオリーに現実を無理やり当てはめる。当てはめられない現実は、とりあえず無視する。失業率のいちばん高い沖縄でなぜか小売販売額や個人所得がいちばん伸びている、というような事実を無視するわけです。理屈に合わない生の現実から帰納し、理屈のほうを現実に合わせて修正する、というような姿勢がない。

 もしいまの時代にマルクスが生きていたら、最大の資本家が年金基金になっているというような現代資本主義の現実に対して、理論をどう修正するかを考えるでしょう。ケインズが生きていれば、個人所得が大幅に増加したのに小売販売額は増えなかった数年前の東京のような状況をどうすればいいか、新たな策を考えるかもしれません。

 彼らはいずれも眼前の事実からセオリーを組み立てた人たちでした。現代に生きるわれわれも、その爪の垢を煎じて飲まなければなりません。

日本では凶悪犯罪が増えている?

 仲俣 本の題名から、脱デフレの秘策が書かれた本だと誤解された面もあると思いますが、じつはそういう本ではないんですよね。

 藻谷 そうなんです。まずは事実を知ってもらうのが目的で、政策論が主眼ではありません。客観的な事実認識が広まっていないところに対策を提示しても、議論は噛み合わないのです。

 じつは最初は、「人口の波」という題名を考えていました。それでは売れないというので、「日本経済の不都合な真実」という案も考えたのですが、似たような名前の本が先に出てしまったので不採用になりました。(笑)

 実際に日本中の地域がどうなっているのか、客観的な数字と現場の情報を入れられるかぎり頭にインプットし、そちらから帰納的に考えていくと真実がみえてくる。本の前半では、私が辿った事実発見の過程を紙上で再現しています。理論からの演繹が好きで帰納に興味のない人からは、「冗長だ」と批判されている部分ですが。(笑)

 孔子も「学びて思わざれば則ち罔し」といっています。学んだセオリーから演繹するばかりで、現実との齟齬に思い至らない人は、モノがみえなくなる危険性が高いということですが、はるか紀元前から問題はあまり変わっていない、ということですね。

 仲俣 セオリーを覚えて演繹するというお受験の作法が身に付いた学歴エリートが日本をダメにした、と。(笑)

 藻谷 帰納する力は、ペーパーテストでは問われないですからね。ですが、帰納する訓練を積まないと、みんながそういっているけれども、じつは間違っているようなセオリーまで、安易に信じ込んでしまいます。そこから逃れるためにも、裏づけるデータはあるか、反証はないか、を確認する習慣が大事です。

 日本ではいまでも、社会に広がるある種の「空気」への同調圧力が強いですね。ですが「空気」のほうが、反証だらけの間違いであることも多い。たとえば、「日本では凶悪犯罪が増えている」とよくいわれますが、まったく逆でむしろ減っている。日本の医療は崩壊しているなどともいわれますが、データで検証するとコストパフォーマンスは先進国一だそうです。だからこそ、日本人の平均寿命が世界最長なのです。

「女性が働くようになったので、子供が生まれなくなった」と考えがちですが、この本にも書いたとおり実際には、「若い女性がフルタイムで働いている率が高い都道府県ほど、出生率も高い」という相関があります。これだけでは「女性が働くと出生率が上がる」という「論証」にはなりませんが、少なくとも「女性が働くと出生率が下がる」という思い込みに対する「反証」としては有効です。反証がないか確認する、これが間違った「空気」に染まらないための自己防衛策なのです。

○○水準という議論に注意せよ

 仲俣 要するに、具体的な数字を前に、一人ひとりが自分の頭で考えてみろ、ということですね。

 藻谷 まさにそのとおりです。「空気」の同調圧力から、ちょっと抜け出してみようという、これはそういう趣旨の本なんです。日本経済の学問的な分析が主眼なのではない。それらをネタに、頭を押さえ込んでくる先入観から、事実の助けを借りて自由になってみませんか、ということを書いています。

 出来のいい子供は、「同じ大きさの木の球と鉄の球を同時に落とせば、地面に同時に落ちる」と学校で教えられ、そのまま覚えてしまう。でも実際は、下から強い風が吹いてくれば、軽くて表面抵抗の大きい木の球のほうが遅く落ちるかもしれない。実験環境に比べて現実の世界では変数が非常に多くなるのです。経済の分野でも、前提として変数を絞り込んだ「理論」が、そのまま現実に妥当するとはかぎりません。理論の同調圧力に負けて、眼前の現実まで、否定する必要はないのです。

 仲俣 インターネットが社会の同調圧力を高めている面もあります。

 藻谷 たしかにそうですね。そこから逃れるための一つのヒントですが、議論の中に○○率とか○○水準、○○比、つまり分数が出てきたら、必ず何を何で割っているのか確認することです。

 分子や分母の絶対数の水準の変化もチェックしましょう。たとえば、日本の国際競争力が落ちたといわれますが、リーマン・ショック後の昨年でも、日本の輸出額はバブル期より二五%も多かったのです。絶対数を知れば、無用な不安の波から逃れて、着実に未来を見通すことができますよ。

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