周囲に気を使いすぎて帰宅後にどっと疲れてしまったり、相手の顔色や評価が頭から離れなくなったりしていませんか? このような人間関係での消耗は、無意識に形成された思考のクセ「メンタルノイズ」が働いているために起こります。
本記事では、書籍『ありのままでラクに生きる練習』より、他人の目が気になりやすい繊細な人が抱えがちなメンタルノイズの正体について紐解きます。
※本稿は、山根洋士著『ありのままでラクに生きる練習』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
人の評価が気になって仕方ない、繊細さん
【ノイズの症状あるある】
・誰かに言われた一言が気になって、相手の気持ちを想像して不安になる
・自分の一挙手一投足で、怒らせたかも、嫌われたかもと被害妄想をする
・どう思われるか気になり過ぎてSNSに投稿できない
・その場は楽しいのに、後になって心配事が湧いてくることが多い
・場を盛り上げようとして頑張るけど、ひとりになるとぐったり疲れる
人に喜んでもらえるのはうれしいもの。でも、そのことばっかり考えて、相手の顔色が気になって仕方がなくなる、自分を犠牲にしてまで他人を喜ばせてしまうのがこのタイプ。
少しでも暗い表情をしたり、けげんな顔をしたりすると、「どうしたのかな?」「なんか気にすること言ったかな?」と気になる。しかも、そういうちょっとした表情やしぐさを見逃さない。ほかの人といるだけで、どんどん疲れてしまいます。
「おもてなしノイズ」
人の評価が気になる人にあるのは、「おもてなしノイズ」です。
このノイズは、サービス精神旺盛な家族のいる環境で育つとつくられます。
地元の祭りがあると、仕事を休んででも参加するお父さん。
家に誰かが遊びに来ると、食べきれないくらいのごちそうをつくるお母さん。
夏休みに親戚の子どもが遊びに来るとなると、いつも以上に気合いが入るお母さん。
「人のためになることをしなさい」「人に喜んでもらうとお金が儲かるんだよ」と、親に教えられると「人を喜ばせるのはいいことだな」と子どもは思い込みます。
でも、祭りから帰ってきたお父さんが疲れた顔をしていたり、お客さんが帰った後にお母さんがしんどそうな顔をしていたりすると、子どもは 「自分はがまんしてでも喜ばせたほうがいいんだ」と勘違いしてしまいます。
喜ばせることに自己犠牲があると、「喜ばせなければいけないんだ」という義務感になります。「自分も楽しいし相手も楽しい」と、「自分はたいへんだけど相手は楽しい」は大違い。
「おもてなしノイズ」にやられると、まわりは喜んでくれても、いつか自分が疲れ果てて燃え尽きます。そうならないために、自分の喜びと人の喜びの関係性を逆転させないといけません。
自分は楽しくないけど人が喜ぶことは少しずつやめて、自分も楽しくて人も喜んでくれることの比重を、できるところから増やしていけるといいですね。









