「早く悩みを解決しないと...」と焦ってしまい、より不安が大きくなった経験はありませんか?もちろん悩みを向き合うことは大切ですが、「時には距離を置く(逃げる)ことも大切」だと、Smart相談室CEOの藤田康男さんはいいます。
「悩みから逃げる」というのは、具体的にどのようなことなのか――ここでは、多くの研究成果を基に、悩みと上手く付き合う方法について紹介します。
※本稿は、藤田康男著『悩みの統計学』(扶桑社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
無理をしないという自己防衛
心理学者ジェフリー・ヤングは、「自己犠牲スキーマ」という概念を提唱しました。「自己犠牲スキーマ」とは、「自分のことよりも他人を優先しなければならない」という強い思い込みや行動パターンのことです。
自己犠牲スキーマが強い人は、自分より他人を優先する、頼ることに罪悪感を抱く、自分が休むことを許せない、という傾向があります。これは「休むことは甘え」「迷惑をかけてはいけない」という考え方を説明しています。
しかし、自分が倒れてしまうと、周囲にも大きな影響を与えます。飛行機では「酸素マスクはまず自分に装着してください」と案内されます。それは、自分が倒れてしまえば、自分自身が動くこともできませんし、他者を助けることもできなくなるからでしょう。
限界を超えて努力を続けることは、必ずしも適応的な行動ではありません。まずは自分を守ることが、その後の回復につながります。
悩みと適切な距離を取る方法
悩みと自分を同一視せず、「私は悩んでいる」ではなく、「私は今、悩みという経験をしている」と捉える。こうした考え方は、心理療法の1つであるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)では、「脱フュージョン」として知られています。思考を事実そのものではなく、1つの考えとして眺められるようになると、感情に飲み込まれにくくなります。
具体的には、散歩をする、本を読む、人と話す、自然に触れるなど、悩み以外に注意を向ける時間をつくることも有効です。不思議なことに、悩みから離れている時間ほど、新しい視点が生まれやすくなります。悩みは近づきすぎると全体像が見えません。絵画を鑑賞するときも、一歩下がることで全体が見えるようになります。人生の悩みもまた、少し距離を取ることで見え方が変わるのです。
【「向き合う」と「離れる」のバランスが大切】
すべての悩みに真正面から向き合い続ける必要はありません。時には休み、距離を置き、自分の心を守ることも、心理学では適応的なストレス対処法とされています。
人生には、自分で変えられることと、変えられないことがあります。その見極めができる人ほど、精神的な負担を減らしやすいのです。勇気を出して向き合う日があってもいい。時には休む日があってもいい。その柔軟さこそが、長く自分を支える力になります。
心理学者ラザルスとフォルクマンは、ストレスへの対処法を「問題焦点型コーピング」と「情動焦点型コーピング」の2つに分類しました。問題焦点型コーピングとは「ストレスの原因そのものを解決・改善しようとする対処法」です。「原因を取り除けば、ストレスも減る」という考え方です。
情動焦点型コーピングとは「問題そのものではなく、その問題によって生じた感情を整える対処法」です。必ずしも問題は解決しませんが、「心を落ち着かせることで、ストレスを軽減させる対処法」です。「どちらが正しいか」ではなく、「どちらが今の状況に合っているか」が重要です。
休むことの価値を再認識する
心理学者テオ・メイマンとミヒール・ムルダーは、「努力―回復モデル」で「休むこと」の価値を説明しています。
仕事や勉強などで努力を続けると、身体、脳、自律神経に負荷が蓄積します。その際、十分な休息を取れば、その負荷は回復します。しかし、回復する前に再び働き続けると、疲労が慢性化し、バーンアウト、睡眠障害、パフォーマンス低下につながると考えます。つまり、疲れること自体は問題ではなく、「回復できないこと」が問題と説いています。
また、心理学者スティーヴン・ホブフォールは、「資源保存理論」で、体力や気力、時間などは人生を支える大切な資源であり、休息はそれらを回復させるための重要な時間としています。心理学者サビーネ・ゾンタークは、「心理的ディタッチメント」という概念の中で、仕事が終わっても、頭の中で仕事を考え続けると、十分に回復されないことを示しました。
「心理的ディタッチメント」とは、仕事や悩みから、物理的だけでなく「心理的にも離れること」を指す概念です。この概念によると、仕事から十分に回復するためには、単に会社を出たりパソコンを閉じたりするだけでは不十分であり、「頭の中でも仕事から離れること」が重要であると示しています。サビーネ・ゾンタークの研究では、心理的ディタッチメントが高い人ほど、疲労が少ない、バーンアウトが少ない、ワークエンゲージメントが高いことが示されています。
個人的な意見ですが、仕事が忙しい人ほど「休む暇があったら進めよう」と考えがちです。しかし疲労が蓄積すると判断力は低下し、同じ作業でもミスが増え、生産性も落ちます。短期的には頑張れても、長期的には効率が悪くなってしまうのです。スポーツ選手が休養日を設けるのも、筋肉が休息中に回復し、より強くなるからです。心も同じで、休むことで回復し、次に進む力を蓄えます。
「休むこと」は前進を止めることではありません。未来の自分に投資するための時間です。十分な休息があるからこそ、人はまた前を向いて歩き始めることができます。
環境を変えるという選択肢
心理学者クルト・レヴィンは、「場の理論」の中で、人の行動は性格だけで決まるのではなく、その人を取り巻く環境との相互作用によって決まると説明しました。つまり「自分が悪い」のではなく、「環境が合っていない」という可能性もあるのです。同じ人でも、職場が変わるだけで能力を発揮できることがありますし、人間関係が変わるだけで心が軽くなることもあります。
また、「自己効力感」の提唱者として知られる心理学者アルバート・バンデューラは、社会的認知理論の中で、人間は、個人、行動、環境がお互いに影響し合うという「三項相互決定論」を展開しました。この理論から説明すると、環境が変われば、考え方も、行動も、変わるということになります。
このように、環境が個人に影響を与えるという研究は複数あります。働き方やウェルビーイング研究でよく引用される発達心理学者ユーリー・ブロンフェンブレンナーの生態学的システム理論では、人は、家族、学校、職場、地域、社会など、さまざまな環境の影響を受けながら発達するとしています。
組織心理学者ロバート・キャプランとロイ・ハリソンは、「人―環境適合理論」で「能力が低いのではなく、環境との相性が悪い」と説きました。これは、同一人物が、会社Aでは成果が出ない、でも、会社Bではトップ社員、という状況が発生することを示唆しています。ここでは、問題は「人」ではなく「環境との適合性」ということになります。
このように、環境と個人の関係性が指摘されているにもかかわらず、個人のみに目を向けて「自分がもっと頑張れば」と考え続ける人は少なくありません。しかし、合わない環境に適応し続けることには限界があります。部署異動、転職、引っ越し、付き合う人を変える、働き方を変える─環境を変えることは、敗北ではなく戦略なのです。
完璧主義を手放す考え方
心理学では、不適応的な完璧主義は不安や抑うつ、バーンアウトとの関連があることが数多く報告されています。心理学者ランディ・フロストらが提唱した「多次元的完璧主義モデル」では、完璧主義には適応的な側面と不適応的な側面があり、特に「失敗への過度な懸念」や「自分の行動への慢性的な疑い」が強い人ほど、不安や抑うつ、バーンアウトを経験しやすいことが示されています。
心理学者ポール・ヒューイットとゴードン・フレットが提唱した「多次元的完璧主義モデル」の中では、完璧主義を「自己志向的完璧主義」「他者志向的完璧主義」「社会規定的完璧主義」の3つに分類しました。
この中でも、社会規定的完璧主義は、「周囲から完璧を求められている」と感じることを指し、不安、抑うつ、バーンアウトとの関連が非常に強いことが知られています。これらの理論は、高い目標を持つことを悪いと言っているわけではなく、自分を追い詰めることが悪い影響を及ぼすと言っています。
「失敗してはいけない」と考えるほど、人は挑戦を避けるようになり、「まずは70点でやってみよう」と考えられる人は、小さな成功体験を積み重ね、結果として成長しやすくなります。
また、精神分析家ドナルド・ウィニコットは、「グッドイナフ・マザー(十分に良い母親)」という考え方を提唱しました。子どもの成長に必要なのは完璧な親ではなく、「十分に良い親」であるという考え方です。
この「グッドイナフ」という発想は、我々全員にも当てはまるでしょう。仕事でも人生でも、100点を目指して自分を追い詰めるのではなく、「十分に良い」を受け入れることが、心の余裕や持続的な成長につながるのです。








