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『ザッケローニの哲学』の解説(2)

2011年03月30日 公開

岩本義弘(サッカー専門誌『CALCIO2002』編集局長)

ザッケローニの哲学 ミランで優勝直後のオフに、ホテル「アンプロジャーナ」で行ったインタビュー〔『CAICIO2002』99年8月発売号掲載〕を一部抜粋して紹介する。《 (1)からの続き

 -あなたはサッカーをどれくらい見ますか?
「昔は本当にたくさんのゲームを見ましたね。イタリア国内の全チームのレギュラーメンバーを暗記していたくらいです。セリエCのチームもですよ。最近はゲームを見る機会がずいぶん減ってしまいました。スタジアムに行く時間もないし、それにテレビ中継が好きになれないのです。テレビはボールのある場所しか映しません。私はポールのないところで選手がどういう動きをしているかが見たいのです。でも、これは仕方がないことかもしれません。テレビは華麗なドリブルや、10番のファンタジーア(創造性)をショーアップする機械ですからね」
 -ちょうど、ボバンのプレーを見せるようなものですね。
「そのとおりです。ボバンとかレオナルドとかね。誤解しないでください。ファンタジスタを嫌っているわけではないのです。むしろ、まったくその逆ですよ。何度となく、彼らのプレーに魅了されてきました」
 -「ツイていたからスクデットを勝ち取った」と言われることについては?
「いつでも《ツイてる》状態でいたいですよ(笑)。1試合だけなら《ツキ》で勝つこともできます。でも、長いシーズンを勝ち抜くことができるのは、《ミスの少ない》チームです」
 -ミランのほうがラツィオ(2位)よりミスが少なかったということですか?
「多くのミスは誰の目にも明らかです。ただ、サッカー界に生きる人間しか気づかないようなミスもあるのです。それが多いか少ないかで順位は決まるのです」
 - それは答えになっていませんよ。
「ミランが他のチームと比べて、ミスが少なかったことだけは確かなはずです。《ツキ》だけでスクデットを獲得したとか、《ツキがない》だけでセリエBに降格したチームなんて、私自身、見たことがありません。例えば、今年のチャンピオンズリーグの決勝で、バイエルン・ミュンヘンが、あんな形(ロスタイムにセットプレーから2失点)でマンチェスター・ユナイテッドに敗れましたが、あれはあなたの目には《不運》と映りました?」
 - もちろんですよ。あれは不運としか言いようがないでしょう。
「いえ、あれは《不運》で負けたわけじゃありません。ミスが原因で負けたのです。いいですか、バイエルンは試合終了2分前までリードしていましたよね。あの時点でバイエルンのDFはボールをフリーで持っていました。ディフェンスラインでボールをつなぐもよし、前方にフィードするもよし、何でもできる状態でした。しかし、彼はGKにバックパスを出したのです。バイエルンはあの時点で《逃げ腰》になったのです。一方が弱気になれば、もう一方が強気になるのが勝負の世界です。あの瞬間、ゲームのリズムが一転したのです。バイエルンはその後ずっと、自陣エリア内に釘づけになり、その結果、ああいう結末を招いてしまったのです」

 加えて、別のインタビューでザッケローニが語っていた中から、いくつか、印象深いものを紹介しよう。
「シンプルであること、これはトラパットーニ(元イタリア代表監督、当時はフィオレンティーナ監督)から学ぶべきことです。勝利者ゾラはしないほうがましです。遅かれ早かれ負ける時は来るのですから。その時は誰も同情してくれません。スクデットを取ったチームの監督の記事は新聞の一面を飾ります。ただし、それは監督が素晴らしいからではなく、スクデットが重要だからなのです」
「近年のミランは、4-4-2システムでスクデットを勝ち取ってきたチームです。ところが、私はミランの選手たちに3トップでプレーするよう要求しました。3-4-3はご存知のとおり、私がウディネーゼで実験したシステムです。プロヴィンチャで成功してもビッグクラブで成功するとは限らない。選手たちが私のシステムに不満を持ったのは当然のことでしょう。選手たちは文句こそ言いませんでしたが、当初はなかなかこのシステムに順応できませんでした。プロヴィンチャ出身の監督がビッグクラブの監督に就任すると、選手たちにある種の偏見が生ずるのも当たり前のことです。『コイツ、オレたちに何を教えるつもりなんだ』とかね」

《シンプルさ》と《控えめさ》、そして、たとえビッグクラブだろうと、それこそベルルスコーニが相手だろうと、決して自分の信念を曲げない《強情さ》――これらが、ザッケローニの最大の武器ではないだろうか。
 ミランでの成功後、ザッケローニはラツィオ、インテル、トリノ、ユヴェントスと、イタリア国内の名門クラブを次々と率いた。残念ながら、ミラン時代のような成功を収めることはできていないため、イタリア国内にも、彼のことを「すでに終わった監督」と評価する者もいる。しかし、個人的には、その評価はまったくの誤りだと確信している。なぜならば、ミラン後に指揮を執ったチームは、すべて途中就任であり(トリノのみ、シーズン頭から指揮を執ってはいるが、開幕直前に解任された監督の《代役》だったため、実質的には途中就任)、満足にチーム作りの時間を与えられたことは一度としてなかった。緻密(ちみつ)な戦術を基本とするザッケローこのサッカーには、多くの準備期間が必要になる。きちんとした準備期間を与えさえすれば、周囲があっと驚くような結果を出すはずだ。
 延べ27年にも及ぶイタリアでのキャリアを経て、ザッケローニは《未知なる国》日本で代表監督を務めることになった。前述のとおり、イタリア国内では「すでに終わった監督」とも評価されることがあるため、日本でもその手腕に対して懐疑的な報道が一部流れた。イタリアサッカー専門誌に携わっていることから、私自身、何度も「ザッケローニで大丈夫なのか?」という質問を受けた。その際、私は決まってこう答えていた。
「ミラン、インテル、ユヴェントスというイタリアのビッグ3を率いた監督はザッケローニだけです。そのレベルの監督が日本に来るということは、通常ならばあり得ないこと。もちろん、日本代表監督として成功できるかどうかは、わからないけれど、オシム監督も含めて、過去に日本代表を率いた監督と比べでも、最高レベルなのは間違いないです」
 そして何より、ザッケローニはサッカーに対して常に真摯(しんし)に接している。本書を通じて、皆さんも十分に感じることができたと思うが、これだけ真面目にサッカーと付き合い続けている人間は、サッカー界広しといえども、そうは見当たらない。「仕事はサッカーの監督、趣味はサッカーの監督」と公言するザッケローニが、果たして日本代表をどのような高みに導いてくれるのか。《ザッケローニ物語》の続きが楽しみで仕方ない。


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