「ホワイトカラーエグゼンプション」は両刃の剣
2014年10月09日 公開 2023年01月19日 更新
《PHP新書『いっしょうけんめい「働かない」社会をつくる』より》
エグゼンプションは両刃の剣
どうひいき目に見ても、日本型雇用は今のままでは、継続不可能な状態になっている。だから私も、やや大きめの変革を起こすこと自体は仕方のないことだとも思う。
問題は、そうした変化の結果、企業人のキャリアや家庭生活がどう変わるかまでしっかり設計していないことの方だ。大きめの変化であればこそ、そこまでの絵図を示し、社会に問いかけねばならない。
今回のエグゼンプション論議は、「定期昇給・昇級・残業代の廃止」という経営都合の日本型の変更のみが、念頭に置かれている。もう1つの日本型の問題、働く人のキャリアや家庭生活の面にもマイナス寄与している部分をも取り除く。そうして仕事・私生活ともに欧米的にいくならば、この変革は悪いことではない。そこを付け加えて実りある変革を起こすべきだ。
労働側の識者やマスコミに、この点をモノ申しておきたい。
残業代を払い続け、しかも、定期昇給を維持する分、何歳になっても無理難題を押し付けられ長時間労働や単身赴任で疲弊していくような、日本型労働環境は本当に良いのだろうか?
そうした日本型の悪弊を取り除けるのなら、脱日本型は労働側にとっても悪くない。
つまり、脱日本型とは経営にとって両刃の剣である。
今は、そのボールが経営側から投げられているから、彼らの側に向くはずの刃がなまくらで、一方的に相手を斬るだけの都合の良いものになっている。
それではいけない。
この本で書きたいのは、もう一方の刃、すなわち、労働側から経営側を斬りつける刃をきちんと研ぎ澄ませよ、ということにほかならない。そうすれば、働く人の得るものも非常に大きくなる。
もちろん、両者ともに刃が食い込み、今までの既得権を互いに捨てねばならなくもなる。そこもしっかり考えておくべきだ。
この構造が理解されないのは、ひとえにマスコミの努力不足だとしかいいようがない。
実は、小泉政権から第一次安倍政権下で交わされたエグゼンプション論議は、そこにつながる研究会・審議会で、「経営側の都合」に対して、「労働側の刃」を研ぐ作業に相当力が入れられていた。
とりわけ、会の重要メンバーである労働法研究者たちは、欧米(とくに欧州)の事例をもとに、エグゼンプションの本質に迫り、経営側が窮するような条件を多々、突きつけていたのだ。
それらが、マスコミでは本当にごく軽くしか取り上げられず、いつのまにか、論点は残業代のみに絞られていった。研究会・審議会の真摯な法学者たちは、砂を噛む思いをしたのではないか。
一方で、こうした流れを強く意識していた政府系の研究(審議会)も存在した。それが規制改革会議である。こちらは、当初よりエグゼンプションとセットに、労働時間、休日取得を「三位一体」化することを骨子に据えていた。しかも、産業競争力会議と同じ6月に、答申を発表している。ところがこちらは、政府の「規制改革実施計画」には盛り込まれなかった。マスコミは、残業代の有無よりも、こうした問題に注目すべきだろう。
日本型雇用の問題
「日本型雇用」批判のやり玉に挙げられる事象は、実に広く現在の日本社会に存在する。
たとえば、年功序列だの、新卒一括採用だの、転勤・配転の多さだの、総合職制度(およびそれゆえに生まれる解雇の難しさ)だの……。
ところが、こうしたものをいくら批判しようと、それらはすべて、企業の内部人事に委ねられている。行政や立法が外からどうこうできるような問題ではない。解雇規制1つとっても、法律ではどうしようもないのだ(日本の法律自体は解雇の規制など、むしろ緩い。ただ「総合職」という日本独特の人事慣行が、それを困難にしている)。
だから時の為政者が声高に改革を叫んでも、それは一向に進みはしない。
ところが。本来ならこうした行政の手が届かないところにある「私企業の運営ルール」が、ことエグゼンプションとなると、かなり外から立ち入ることができる。
しっかり法律でその趣旨を固め、加えて運用のガイドラインをつくり、通達や指針で、新たな人事管理の方向性として示していけば、企業の内部慣行まで変えることが可能なのだ。
つまり、高い確率で、日本型を変えるエポックとなりうる、まさに千載一遇のチャンスといえるだろう。
だからこそ、両側の刃を均等に磨くこと。そして、その刃で切り開く明日の絵図も、一方で、刃が労使双方に食い込む痛みも、つまびらかにしなければならない。
<書籍紹介>
いっしょうけんめい「働かない」社会をつくる
残業代ゼロとセットで考える本物の「エグゼンプション」
労働時間の規制を適用除外とする「エグゼンプション制度」。雇用の第一人者が「過労死促進法」といわれる制度の内実に迫る一冊。
<著者紹介>
海老原嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト
経済産業研究所労働市場制度改革プロジェクトメンバー、広島県雇用推進アドバイザー、京都精華大学非常勤講師
1964年生まれ。リクルートグループで20年間以上、雇用の現場を見てきた経験から、雇用・労働の分野には驚くほど多くのウソが常識としてまかり通っていることを指摘し、本来扱うべき“本当の問題”とその解決策を提言し続けている「人事・雇用のカリスマ」。リクルートエージェント社のフェロー(客員社員)第1号としても活躍し、同社発行の人事・経営専門誌「HRmics」の編集長を務める。常識や通説、国定概念を疑うことを習慣とし、時間をかけて物事の本質に迫り、解を出すことを信条にしている。