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日本コカ・コーラ会長の「社員を成長させる経営」

魚谷雅彦(日本コカ・コーラ(株)取締役会長)

2010年11月09日 公開 2022年12月22日 更新

魚谷雅彦会長

日本コカ・コーラ(株)において「ジョージア」"男のやすらぎキャンペーン"や「爽健美茶」など、大ヒット商品を生み出してきた魚谷雅彦会長のリーダーシップの原点は、「コミュニケーション」である。

社員自身が腑に落ちない仕事から成果は生まれないと語る魚谷氏に「社員を成長させる経営」についてうかがった。(取材・文 山田清機/撮影 鶴田孝介)

※本稿は、『THE21』2010年12月号より内容を一部抜粋・編集したものです。
 

仕事は上から言われてしかたなくやるものではない
つくり手が納得することが
何よりも大切である

 

1人でやろうとしても組織は絶対に動かない

――第2回目は魚谷会長の人材観、とくにリーダーシップについてうかがいたいと思います。 魚谷会長は外資系食品会社から日本コカ・コーラに転職されたわけですが、30代の若さでいきなり経営陣の一員として迎えられて、どのようにリーダーシップを発揮していかれたのでしょうか。

【魚谷】 僕は39歳で日本コカ・コーラに入社しました。ポジションはシニア・バイス・プレジデント(国内マーケティングの責任者)という、ずいぶん偉そうなものでした(笑)。

一社員として転職するのではなく、即戦力として、しかもマネジメントの一員として入社するわけですから、「2年ほど勉強させてください」なんて言葉は通用しません。僕が入社することで、日本コカ・コーラという会社の付加価値をどれだけアップできるのかを考えなくてはなりませんでしたね。

――最初に何をしましたか。

【魚谷】 初出社してわずか2時間後に、当時の社長のマイク・ホールに呼ばれて、「魚谷さん、ジョージアというブランドは収益も大きく、わが社にとって非常に重要です。

いま、このブランドに問題があるから何とかしてください」といわれました。ビジネス英語でよくFIX(解決する)という言葉を使いますが、要するに「ジョージアの問題をFIXしてくれ」と。

――2時間後というのは?

【魚谷】 9時に出社して、11時にはすでにこのミッションを与えられたのです。日本の会社だったら関係部署に挨拶回りとかして、実務に入るのは1カ月先などというのが普通だと思いますが、ほんとうにわずか2時間後でした(笑)。

でも、僕にはそれほど抵抗感はなかった。自分は即戦力として採用されたのだから、そういうものだろうなと思いました。すぐさまジョージアを担当しているチームの若い人、7~8人に集まってもらって、その日のうちに11時ぐらいまでガーっと議論をしました。

――いきなりですか。

【魚谷】そうです。ただし、最初はとにかく彼らの言葉を聞かなくてはならないと思っていました。みんなそれなりに問題意識をもっているだろうから、まずはそれを充分に聞こうと。

――どんな言葉でそれをチームに伝えたのでしょうか。

【魚谷】 まず自己紹介をしてから、こういったのです。「さっそく社長からジョージアを立て直せといわれました。私は皆さんと一緒に仕事をしていきますが、私が立て直すわけではありません。皆さんが立て直すのです。私の仕事は、皆さんが問題だと考えていることを解決できる現場をつくることです」と。

私は何度か転職を経験しているので、それなりに理解していたつもりですが、いくら短期的に結果を出すことを求められても、「俺が、俺が」で1人の力でやろうとしても、組織は絶対に動いてはくれないものなのです。

――問題の所在は判明しましたか。

【魚谷】 組織にはいろいろなしがらみがありますから、最初はみんな遠慮して口をつぐんでいました。しかし、5~6時間も話し込むうちに、どうやらメディア広告に問題があることがわかってきました。彼らは、いろいろな事情で、自分たちの腹に落ちた広告をつくれていなかったのです。

広告の制作においていちばん大切なのは、つくり手側の納得感だと僕は考えていましたから、そんな広告を世の中に出しても仕方ないと思いましたね。

――どうされましたか。

【魚谷】 とにかく「あなたたちのつくりたいと思う広告をつくろう」とみんなに言いました。僕が入社したタイミングは、ちょうど当時の広告の続編の撮影をスタートする時期だったのですが、みんな続編の内容に納得していないことがわかったので、撮影をすべてキャンセルしてしまいました。莫大なキャンセル料がかかりましたが、純粋におかしいと思ったからキャンセルしたのです。

――ジョージア・チームの反応はいかがでしたか。

【魚谷】 「君らの納得した広告をつくるべきだ。社長の了解もとってきたよ」と伝えたら、もう目の色が変わりましたね。「俺たちがつくりたいものをつくっていいんだ」と。

そこからみんなで、怒涛のように何十案もつくっては潰しつくっては潰しの作業を重ねて、飯島直子さんを起用した「ジョージア 男のやすらぎキャンペーン」が誕生することになったのです。このキャンペーンの成功で、ジョージアは完全に復活を果たすことになりました。

 

次世代のリーダーに必要な3つの能力

――リーダーシップとは何かを考えるうえで、示唆が多いエピソードですね。

【魚谷】僕は、リーダーには3つの能力が必要だと思っています。

第1は、「戦略的な能力」。物事の変化、世の中の変化を察知して、マーケティング戦略や経営戦略を作る能力です。

VISIONARYという言葉を最近よく耳にすると思いますが、これは洞察力や先見性という意味。リーダーには優れた洞察力をもって、戦略を立てる能力が不可欠です。しかも、戦略を立てるだけではなく、それに基づいて意思決定を下す胆力も必要です。

――第2の能力とは?

【魚】「オペレーショナルな能力」です。

――直訳すれば、「実務的な能力」ということになりますか。

【魚谷】 いまの時代、単に戦略を語るだけではリーダーにはなれないのです。確かに昔は、「偉い人は細かいことがわからなくても、部下がもってきた書類に判子だけついでいればいい」という時代がありました。しかしいまは、リーダーも実務を理解する必要がある。ビジネスの細部を知っていればこそ、深い議論ができるのです。

――勉強が大変ですね。

【魚谷】 まったく畑が違う世界の話は理解していなくても仕方ないと思いますが、もしも僕の部下が、「魚谷さん、いまお茶の市場はこうなっていまして」なんて、資料を何十枚もつくってもってきたら、「僕だって日ごろから問題意識を持って市場をみているから、ある程度はわかっているよ」といいますよ。

そんな、くだらない資料づくりのために部下の時間を奪うようでは、リーダー失格です。

――では、第3の能力とは?

【魚谷】「エモーショナルな能力」。僕は、リーダーにとってこの能力がもっとも大切だと思いますが、要するに、コミュニケーションをとりながら人をインスパイアする能力とでも言えばいいかな......。

英語のIGNITE(火を点ける)という言葉がいちばんぴったりくるのですが、一緒に仕事をしている同僚や部下たちに、「やってやろうじゃん!」という気持ちを起こさせる能力といえばいいでしょうか。そういう能力をリーダーがもっていると、組織は思いもよらない大きな力を発揮するものなのです。

――先ほどの、ジョージアのエピソードそのものですね。

【魚谷】 チームのみんなが、「魚谷さんは、俺たちが思う通りにやれる環境をつくってくれたんだ」と思ってくれて、それがストンと彼らの腹に落ちたから、「俺たちの手でつくるんだ!」と奮い立ってくれた。だからこそ、ああいう大ヒットが生まれたのだと思います。

だって、僕が企画案を考えたわけではありませんからね。彼らが広告代理店と真剣に議論を重ねて、「こんなのやりましょう」と提案してくれたわけで、リーダーとしての僕の仕事は、まさに彼らの心に火を点けることだったのです。

 

魚谷雅彦

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