〔人間力を高める〕「利他の心」こそわが哲学の根幹
2015年01月30日 公開 2024年12月16日 更新
《『PHP松下幸之助塾』2015年1・2月号Vol.21より》
ITネットワークエンジニアの育成・派遣を核に、さまざまな事業を展開するアイエスエフネットグループ。「雇用の創造」をグループの大義として位置づけ、障がい者やシニア、ニート(若年無業者)、性的少数者(セクシャル・マイノリティ)など、あらゆる就労困難者の雇用に積極的に取り組んできた。社員みながやさしさにあふれ、他人のために尽くせる人になることをめざして掲げる「利他」の哲学は、どのようにして実践され、浸透してきたのか。社員の約4割が元就労困難者という常識破りの経営で驚異的な成長を牽引してきた渡邉幸義氏が、そのブレない哲学を語った。
<取材・構成:若林邦秀/写真撮影:まるやゆういち>
社員の約4割が元就労困難者
人は生まれてきたときは無力です。親や周囲の人に面倒を見てもらえなければ生きていけません。いわば「利己の塊」です。そこから次第に自分の力で物事ができるようになり、やがては人のために尽くせるようになる。それが人間の成長であり、人間力の高まりというものではないでしょうか。
私が「利他の心」を重視し、アイエスエフネットグループの経営哲学の根幹に据えているのは、人と人がお互いに思いやることで1人の力が何倍にもなり、人も社会も成長・発展できると考えているからです。
ですから、当グループへの入社とは、単なる利益追求の機能集団に入ることではありません。親や家族、職場の仲間を大切にし、常に「その人のためになっているか」を考えて行動することが求められます。最も身近にいる人のために尽くせない人が、お客様や社会のために尽くせるわけがないからです。そしてこれこそが、私どもの発展の原動力にもなっているのです。
当グループは、働くことを希望しながら、本人の責任ではない何らかの理由でなかなか企業に採用してもらえない、いわゆる“就労困難者”といわれる方々を積極的に雇用しています。グループ約3200人の社員のうち、約40パーセントにあたる約1300人がこうした就労困難者と見積もっており、全部門に配置しています。
後述しますが、この全部門への就労困難者の配置というのが、人間力の要諦ともいえる「利他の心」を私どもの社員が身につけ実践できるようになるための重要な仕組みとなっています。
その話の前に、「雇用の創造」をグループの大義と位置づけ、さまざまな事情で就労がむずかしい人に安心して働ける環境を提供する当グループの取り組みや、母体となるアイエスエフネットについてお話ししたいと思います。
私どもはまず2006年に、ニートやフリーター、障がい者など5項目の就労困難者について採用差別をしないという「5大採用」の方針を打ち出しました。その後、2011年には難民やホームレスを加えた「10大雇用」に広げ、今では「20大雇用」をスローガンに掲げています。
しかしながら、最初から「雇用の創造」を掲げたり、就労困難者を積極的に雇用したりしてきたわけではありませんでした。
過去を問わない採用で知ったこの国の雇用の悲しい実態
2000年1月に、私はITネットワークエンジニアの育成派遣会社として当社を創業しました。当時、ITサービスの仕事は経験者でないと務まらないといわれ、当社も経験者の求人を行なったものの、スタッフわずか4人、事務所面積10坪のオフィスに面接に来てくれる経験者に、これはと思うような人はごくわずか。約束の時間を守れず、あいさつもろくにできないような人が大半でした。当時の当社には、人格と経験を兼ね備えたIT技術者など望むべくもなかったのです。
一方で、知識や経験はないものの、礼儀正しくやる気のある若者は何人もいました。そこで私は、「人間性は一朝一夕には改善できないが、知識や技術は教育訓練でカバーできる」と考えて、過去の経歴や実績をいっさい問わず人間性を重視した採用をすることにしました。
そうして過去を問わない採用を続けていくうちに、あることに気づいたのです。それは、成果を出してくれている社員の中に、何らかの障がいを持っていたり、当社に来るまではきちんとした職につけていなかったりした人たちが、おおぜい含まれているということでした。就労困難者というのは、仕事ができないから雇用されないのではなく、雇用する側が忌避しているにすぎないということを知ったのです。
やがて事業が軌道に乗り、当社は全国に支店を出すようになります。各地で人が必要になり、毎日のように採用面接を実施しました。たくさんの人と会ううちに、この国の雇用環境がきわめて悲しい事態に陥っていることを痛感しました。
20代の若者が仕事もなく、フリーターやニートになっている。聞けば、「応募はしているけど、もう30社以上落ちているんです」と言う。あるいは、私よりも10歳も年上の人生の先輩が、会社を解雇されて無職になっている。40代後半から50代にかけて、子どもの進学や老親の介護、自分や配偶者の心身の健康など、いちばんたいへんで支えが必要な時期に、いとも簡単に人員整理で会社を追い出すというむごい仕打ちに遭っている。あまりの理不尽さに、私は怒りで体が震えるのを感じました。
「この人たちを雇えずして、何が起業家か!」
そんな思いがふつふつと湧き上がってきました。大学卒業後に勤めた外資系コンピューターメーカーで深刻なメンタル不調に陥って「クビ」の恐怖に怯えていたかつての自分の姿がダブって見えたこともあり、「1人でも多くの人を採用し、働く喜びを感じてもらいたい」と願うようになったのです。
☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。
<掲載誌紹介>
『PHP松下幸之助塾』
2015年1・2月号Vol.21
2015年1・2月号の特集は「人間力を高める」。コマツ相談役・坂根正弘氏、経営共創基盤CEO・冨山和彦氏、ヒロボー社長・松坂晃太郎氏ほかの皆様に登場いただきます。また、[特別対談]としてお届けする、トヨタ自動車社長・豊田章男氏と伊那食品工業会長・塚越寛氏の「『年輪経営』談義」では、認め合う2人がめざす“いい会社”像をご紹介しています。ノーベル賞受賞記念「青色発光ダイオードの開発者・赤崎勇――松下幸之助との思い出」も読みどころです。