〔人間力を高める〕地道な繰り返しが一流の魅力をつくる
2015年01月15日 公開 2024年12月16日 更新
《『PHP松下幸之助塾』2015年1・2月号 Vol.21 より》
2012年11月、パリ。ほぼ満場の決戦会場は歓声と拍手で沸き返った。この日、世界空手道選手権の日本代表選手として出場した宇佐美里香さんは形の部で優勝。凛とした演武は評判を呼び、動画投稿サイト「ユーチューブ(YouTube)」で公開された動画は再生数350万回を突破、空手の関係者や愛好家にとどまらず、世界中の多くの人に感動を与えている。宇佐美さんはその技をどのように完成させてきたのだろうか。現在彼女が後進の指導にあたっている国士舘大学の道場を訪ねた。
<聞き手:渡邊祐介(本誌編集長)/写真撮影:山口結子>
国士舘大学の道場内には、体の底から発せられる、力強い声が響いていた。宇佐美さんは現在、同大空手道部の専任コーチとして、この道場で指導にあたっている。張りつめた空気に満たされた道場内、宇佐美さんが指示をするたび、部員からは「押忍〈オス〉」「押忍」と小気味いい返事が返ってくる。
指導の合間をぬって、宇佐美さんはインタビューに応じ、また本誌のために2012年の世界選手権で演じた形を披露してくれた。インタビューの席ではやわらかい笑みを見せた彼女が、道場内のコートに立つと表情が一変。そのスピードと迫力は、見る者を圧倒する。立ち居振る舞いから伝わる魅力、人間力。それは彼女のどのような努力によって育まれてきたのだろうか。
目標を明確にして絶対勝つ気持ちで挑む
――宇佐美さんが優勝された空手道の世界選手権とは、どんな試合ですか。
空手道の競技には「組手」と「形」の2種類があり、世界選手権でも、この2つに分かれて試合をします。組手では、2人の競技者が技の応酬によってポイントを取り合います。私が出場した形は、1人ずつ技を披露し、点数化して勝敗を競います。
形の試合では、スピードやバランス、緩急がチェックされます。元来、相手がいるつもりでやるものですから、相手を想定した動きができているかどうかも採点の対象になります。また、形の動きというのは決まった型どおりに動いていても、1人ひとり違いが出てくるんですね。その選手ならではの個性、魅力があるかどうかも重要です。
空手には剛柔流、糸東流、松濤館流、和道流の4大流派があり、私自身は糸東流の指導を受けています。流派によって立つときの姿勢や形を演じる時間の長さなどが違うのですが、世界選手権では流派の別なく技を競います。
参加国は180カ国。形の選手として出場できるのは各国1人ですから、出場選手は日本の競技者全員の代表であり、大きな責任があります。私は2006年、大学3年のときに世界選手権に向けた強化選手の一員になりましたが、そこから世界選手権の出場選手として選ばれるまでには、国内の厳しい選考をパスしなければなりませんでした。それだけに、出場する以上は負けられないという気持ちがありました。(中略)
克己心や個性を身につける特別な方法はない
――勝つための自信は、どのようにして持てるようになるのでしょうか。
自信を持って試合に臨むには、とにかく練習しかないと思います。試合で心技一体のバランスを発揮できるかどうかは、練習の段階でもう決まっています。練習で自信が持てないのに試合でうまくいくということはありません。
私たち形の選手は、形を構成する突きや蹴りの基本動作1つひとつを磨き上げることに力を注ぎます。突きの動作ならそれ1つを、練習でひたすら追究します。先生から教えていただいたとおりにまずまねをして、その動きが自分のものになるまで何度も練習し続けるのです。何時間も続けて、1つの動作を繰り返すことも珍しくありません。
こう説明すると単調で辛い練習のようですが、辛いと思ったことはありません。下半身を鍛えるトレーニングなどでは肉体的にきついときもありましたが、形を究める練習は、私にとって楽しいものでした。
空手の動作を学ぶときは、頭で考えながら動くので、練習中は体よりむしろ頭が疲れます。でも、何時間も練習するうちに、考えずに動けるようになってきます。その手応えが、形の練習の醍醐味です。試合で考えながら動いていては戦えませんから、こうした練習で動きを体になじませておくのです。
練習がうまくいかないときや不安になったときは、神社で瞑想をしたこともあります。ただ無心になることで、心の落ち着きを取り戻しました。
――本番のプレッシャーに負けない精神力は、どのように養われたのですか。
試合で動揺しないためには、会場の雰囲気にのまれそうになる自分を抑えて自分に克つ力が必要ですが、そういう力を鍛える特別な方法があるわけではなく、ふだんの練習がそのままメンタルトレーニングになります。ここはゆっくり、ここは速く……と、技の緩急や細かい動きに意識を集中して練習をしていれば、試合でも同じようにできます。練習と違うことを試合でいきなりやることはできないので、試合のよしあしは、すべて練習の結果なのです。
――トップ選手に備わっている個性についてはいかがでしょうか。
一流の選手が持つ自分の「色」というものも、練習をとおしてしか身につかないのではないでしょうか。2012年の世界選手権での私の演武も、あとから振り返ってみれば、自分の色が出せていたと思います。だからこそ、優勝することができました。でも、個性は出そうとして出せるものではありません。先生に教わった動きを何度も繰り返しやって、自分の体にしみ込ませる。そうすると、その動きは先生のコピーではなく自分の技になり、形に気持ちをのせて動けるようになります。
毎日毎日同じ1つの動作を練習して、自分のものにしたとき、それはその選手だけの魅力になるのだと思います。
☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。
<掲載誌紹介>
『PHP松下幸之助塾』2015年1・2月号Vol.21
2015年1・2月号の特集は「人間力を高める」。コマツ相談役・坂根正弘氏、経営共創基盤CEO・冨山和彦氏、ヒロボー社長・松坂晃太郎氏ほかの皆様に登場いただきます。また、[特別対談]としてお届けする、トヨタ自動車社長・豊田章男氏と伊那食品工業会長・塚越寛氏の「『年輪経営』談義」では、認め合う2人がめざす“いい会社”像をご紹介しています。ノーベル賞受賞記念「青色発光ダイオードの開発者・赤崎勇――松下幸之助との思い出」も読みどころです。