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小説『コレキヨの恋文』―泣いて、笑って、経済がわかる!

さかき漣:著,三橋貴明(作家/経済評論家/中小企業診断士):企画・監修

2015年03月03日 公開 2022年10月06日 更新

 

 そうだ、関税とは、国が普通に持つべき盾だったのだ。マスコミに氾濫する『自由貿易は絶対的な善』という考え方は、言ってみればイデオロギーに過ぎない。自分の身を守るために準備を施すことは、何ら悪いことではない。盾すら持たず、ましてや無防備に他人の前に立つことは、善ではなく、愚そのものではないか?

 また、外国の製品を輸入することは、つまり自国での生産をその分減らすということだ。自国で生産が減少すれば、雇用の機会も減少する。結果的に、是清の言う「国民経済の最重要要素」である生産力(=供給能力)と雇用が失われてしまうのだ。

 「無論、内需が小さく、需要の多くを輸出に依存しなければならない小国が、貿易をより重視しなければならないという話はある。とはいえ、我が国の貿易が国民所得に占める割合は、せいぜいが4割程度だ。輸出だけに絞っても、2割程度に過ぎん。当然、国家の経済のあり方により、輸出や輸入、それに自由貿易に重点を置くべき国もあれば、そうではない国もあるのだ。さくら子さんが暮らすという未来の日本にしても、それほど輸出や輸入に依存した経済というわけではあるまい」

 さくら子は、必死に記憶を探った。確か、日本経済の輸出依存度と輸入依存度に関するデータを、東田に見せられ、暗記させられた覚えがある。

 「ええと……確か、日本の輸出依存度は13%程度、輸入依存度は11%程度だったと思います」

 「何と! それでは、さくら子さんの日本は、現在よりも貿易に依存しない、どちらかといえば内需依存の国民経済を実現しているわけだ」

 「はい。そうなります」

 さくら子は学生の頃、「日本は輸出も輸入も多く、貿易に依存した貿易立国です。そのため、外国と揉めごとが起きると、経済が成り立たなくなってしまうのです」といった風説を教えられ、素直にそれを信じ込んでいた。そのため、東田に現実のデータを見せられた際には、非常に驚いた。

 現実に日本は、主要国の中でアメリカ、ブラジルと並び、貿易依存度が小さい国なのである。輸入依存度に至っては、実は日本はアメリカよりも小さい。それにもかかわらず、一般の国民が「日本は輸出依存度が高い」「日本は輸入大国」などの俗説を信じ込んでいるのは、おかしなことだ。まるで、多くの国民に画一的な誤った情報の刷り込みが行われているようだ。

 「それほど外需への依存が小さいのであれば、別に自由貿易などにこだわる必要はあるまい。日本は日本の国益のために、独自の成長戦略を立てれば済む話だ。そもそも、自由貿易といった用語につられて、貿易依存を高めてしまうと、経済的な主権が小さくなってしまう。だからと言って、外国と貿易するなという話では、もちろんない。日本国にとっての正しい解答は、自由貿易の全面的な肯定と、全面的な否定の間のどこかにあるはずだ」

 是清は続けた。

 「孔子の論語に『中庸』という言葉がある。『中庸の徳たるや、それ至れるかな』というやつだな。孔子の言う『中』とは量的に過不足なく、右でも左でもないことであり、『庸』は平常という意味を持つ。すなわち極端な右や極端な左ではない平常こそが『徳』であるという概念になるわけだ。ちなみに、ギリシャの哲学者アリストテレスも、徳は右でも左でもなく中間にあるとして、メソーテス(中間にある、という意味)という言葉を残している。孔子とアリストテレスという古代の2大哲学者が、『徳は中間にあり』という言葉を残しているのは、実に象徴的だ」

 まさに古代の哲学者の印象そのままに、是清は解説した。耳に心地よい、低い声音だ。

 「おっしゃるとおりです。本当に、中庸こそが大事だと思います」

 さくら子は心より同意する。世の中には、極端なイデオロギーに基づく政策を叫ぶ人が、本当に多い。しかし正解は、両極端のいずれかではなく、2つの間のどこかにあるはずだ。

 「繰り返しになるが、そもそも国民経済の目的は生産力すなわち『国民の需要を満たすための供給の確保』と、『国民が所得を得る機会を維持する雇用確保』の2つだ。この2つは国民経済という車の両輪であり、どちらかひとつが欠けてもならん。

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<著者・監修者紹介>

さかき漣(さかき・れん)作家

幼少時より多数の日本の伝統芸能に親しんで育つ。学生時代は哲学や美学などを主に学んだ。美術関係の職業などを経て、文筆業に。日本文化の保持に貢献したいとの思いから、執筆活動を展開している。
三橋氏との共作に『コレキヨの恋文』(小学館)、『真冬の向日葵』(海竜社)、『希臘(ギリシア)から来たソフィア』(自由社)『顔のない独裁者』(PHP研究所)がある。

三橋貴明(みつはし・たかあき)経済評論家、中小企業診断士

1969年生まれ。東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。外資系IT企業、NEC、日本IBMなどを経て、2008年に中小企業診断士として独立。経済指標など豊富なデータをもとに経済を多面的に分析する。単行本執筆と同時に、雑誌への連載・寄稿、各種メディアへの出演、講演活動など多方面で活躍している。
著書に『ミャンマー驚きの素顔』(実業之日本社)、『国富新論』(扶桑社)、『「TPP参加」を即刻やめて「エネルギー安全保障」を強化せよ!』(マガジンハウス)、『メディアの大罪』『韓国人がタブーにする韓国経済の真実(共著)』(以上、PHP研究所)などがある。

 

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