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「TPP戦争」・国益損失の報道を許すな!/三橋貴明

2012年03月21日 公開

三橋貴明 (経済評論家、作家)

《 『メディアの大罪』より》

 土日、連休の新聞に「印象操作」「世論誘導」が載る

 東日本大震災という数百年に一度の大規模自然災害が発生した以上、政府は被災地住民のためにも、TPP参加の話はなし崩し的に消滅するべきだった。ところが、菅政権の後を継いだ野田佳彦内閣は、本格的な復興予算(第三次補正)が可決されてさえいない2011年10月の段階で、翌月のホノルルAPECにおけるTPP参加表明に向けて動き出した。

 10月10日。野田総理大臣は、TPP交渉参加について、
 「早急に結論を得るのが政府の姿勢だ。政府・民主党内で議論を始めるよう指示した」
 と発言し、群馬県川場村でコンバインに乗り込み、稲刈りをするパフォーマンスを行なった。テレビ画面の向こう側の視聴者に対し、「私はTPPに参加しようとも、日本の農業を守ります」とアピールしたのである。

 そもそも、TPPは別に「農業問題」ではない。日本の社会制度全般にわたる、大々的な貿易協定(サービス貿易も含む)である。そのTPPへの交渉参加をアピールするために、コンバインに乗り込んだということは、これも一種の矮小化なのだろう。

 内閣総理大臣自らがコンバインに乗り込み、稲刈りを実演し、TPP交渉参加への議論を始めることを宣言し、
 「農業を成長産業とするため、資本増強のファンドを作るなど、いろいろな後押しをしたい」
 と発言したわけだから、テレビの前の視聴者が「TPP=農業問題」と印象操作をされたとしても、無理もない話だ。

 さて、野田首相がコンバインに乗り込む2日前、すなわち2011年10月8日は土曜日であった。さらに、野田首相が群馬で「TPP交渉参加、議論開始」を宣言した10月10日は体育の日である。すなわち、10月8日から10日まで3連休だったのだ。

 何を言い出すのかと思った読者が多いかもしれないが、じつは上記のような連休、あるいは土日は、官僚が新聞に「印象操作」「世論誘導」を目的としたリークをすることが多いのである。

 何しろ、普段は新聞を読まない人であっても、土日や連休にはじっくりと読むことが少なくない。また、新聞社側にしても、土日や連休はネタ不足になるため、官僚のリークを大々的に取り上げるケースが多いのである。

 

TPP戦争」は情報戦である

 野田首相のコンバイン映像以降、大手5紙及びテレビ局各社による、猛烈なTPP推進報道が始まった。矮小化や情報隠蔽に加え、今度は偏向報道、ミスリーディング、虚偽報道、さらには要人の発言を捻じ曲げることによる既成事実化など、大手メディアが「けっして手を染めてはいけない手法」であろうがお構いなしに、TPP推進に向けた世論誘導が始まったのである。

 代表的な事例を以下にご紹介するが、あまりの凄まじさに、驚愕すること請け合いだ。筆者がTPPに関連した情報戦を「TPP戦争」と名づけたのも、ご納得いただけると確信している。

 2011年10月15日。自民党の谷垣禎一総裁はテレビ東京の番組に出演し、TPP交渉参加について、
 「あんまり拙速に判断してはいけないと思います」
 と語った。

 上記の番組をもとに、大手各紙が一斉に記事を書いたのだが、まずは唯一まともな報道だった『読売新聞』の記事を見てみよう。

◆2011年10月15日『読売新聞』 「TPP、拙速判断いけない 自民は議論急ぐ考え」
 自民党の谷垣総裁は15日、テレビ東京の番組で、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加について、「まだ情報が少なくていろいろな問題点を解明しないといけないが、全然協議もしないということでいいのか」と述べ、自民党内の議論を急ぐ考えを示した。
 谷垣氏は「国論もまだ集約していないので、野党として集約させる役割も果たしたい。あまり拙速に判断してはいけない」と述べ、慎重に議論する方針も示した。

 筆者は実際に上記のテレビ東京の映像を見たのだが、たしかに『読売新聞』の記事の通り、谷垣総裁は「自民党内の議論を急ぐ。あまり拙速に判断してはいけない」と語っていた。それが、他の大手紙の手にかかると、以下の記事に変貌してしまうのである。

◆2011年10月15日『毎日新聞』 「TPP:『交渉参加し、判断するべきだ』谷垣総裁」
 自民党の谷垣禎一総裁は15日のテレビ東京の番組で、政府が交渉参加を検討している環太平洋パートナーシップ協定(TPP)について「全体の協議もしないことでいいのか。協議しながら国策、国益にかなうか判断しないといけない」と述べ、交渉には参加すべきだとの考えを示した。(後略。太字は筆者、以下同)

◆2011年10月15日『産経新聞』 「【TPP参加】交渉参加に前向き 自民・谷垣総裁が発言 党内に波紋呼ぶ可能性も」
 自民党の谷垣禎一総裁は15日のテレビ東京番組で、環太平洋連携協定(TPP)交渉について「協議をしながら、国益にかなうかどうかを判断しなければいけない」と述べ、参加に前向きな考えを示した。(後略)

 ◆2011年10月15日『日経新聞』 「自民総裁、TPP交渉 参加すべき
 自民党の谷垣禎一総裁は15日午前のテレビ東京番組で、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加問題に関し「全然協議しないでいいのか。協議をしながら国益にかなうか判断すべきだ」と述べ、交渉に参加すべきだとの認識を示した。

 繰り返すが、谷垣総裁は「自民党内の議論を急ぐ。あまり拙速に判断してはいけない」と語ったのみで、「TPP交渉に参加すべき」とは一言も言っていない。実際に発言したわけではないにもかかわらず、谷垣総裁すなわち「最大野党の党首が、TPP交渉参加に前向き」と、読者に印象づけようという意図があったとしか考えられない。要するに、TPP交渉参加の既成事実化が図られたのである。

 むろん、『毎日新聞』も『産経新聞』も『日経新聞』も、上記谷垣総裁の発言を歪めて報じたことについて、いっさいの弁明も訂正もしていない。抗議が相当に殺到したようだが、完全に無視を決め込んだのである。

 

「歪めた報道」をツイッターで否定

 さらに、発言を歪めて報じられたのは、自民党の谷垣総裁に限らない。民主党の小沢一郎元代表も、あたかもTPP参加に前向きであるかのように報じられた。

◆2011年10月20日 テレビ朝日 「小沢元代表、TPPに前向きも国内対策の必要性強調」
 民主党の小沢元代表は、TPP=環太平洋経済協定について「自由貿易は最も日本がメリットを受ける」と述べ、前向きな姿勢を示す一方、国内対策の必要性も強調しました。

◆2011年10月20日『朝日新聞』 「小沢氏、TPPに前向き『自由貿易は日本にメリット』」
 民主党の小沢一郎元代表は20日、東京都内でフリー記者らが主催する記者会見に応じ、TPP(環太平洋経済連携協定)について「自由貿易は最も日本がメリットを受ける。原則として理念的にはいいこと」と述べ、交渉参加に前向きな考えを示した。一方で、「セーフティーネットを国内的に構築したうえでやらないと、競争力の弱い分野は生活できなくなってしまう恐れがある。国民生活が大変なことになる」とも指摘した。

 上記は大手紙というよりは「朝日系列」によるミスリーディングだが、面白いことに小沢一郎氏が「TPPに前向き」という情報は、当の小沢事務所のツイッターにより明確に否定されてしまう。

◆ @ozawa_jimusho 小沢一郎事務所
 今日、一部紙面等で「TPPについて『小沢氏前向き』」と報じられておりますが、それは誤りです。今の拙速な進め方では、国内産業は守れません。
https://twitter.com/#/ozawa_jimusho/status/127314696754835456

 大手マスコミの「要人の発言を歪めた報道」が、インターネットのツイッターにより否定される。つくづく、面白い時代になったものだと思う。

 それにしても、『朝日新聞』もテレビ朝日も露骨である。両社の「小沢氏はTPPに前向き」という報道について、おそらく数百万人の日本国民が目にしたであろう。当の事務所から明確に否定された「既成事実化」であるにもかかわらず、もちろん『朝日新聞』もテレビ朝日も、いっさいの訂正、謝罪をしていない。

 

 日本にメリットがない

 さて、2011年10月から11月のホノルルAPECまで、大手メディアによる様々なミスリーディング、虚偽報道が繰り返されたわけだが、最も強烈なのが以下になる。

 TPPの何が問題かといえば、個人的に最大と思うのは「日本にメリットがない」点だ。何しろ、日本の対米乗用車輸出は対GDP比で0.059%、対米家電輸出は対GDP比0.004%でしかないのだ。これらの製品について、アメリカが数パーセントの関税を撤廃してくれたところで、日本のGDPが成長するわけがない。

 日本のGDPが成長しないとは、日本国民の所得が増えないという意味になる。それどころか、TPP参加で物価の下落が促進され、デフレが深刻化し、国民の所得は増えるどころか減り、失業率が上昇し、実質金利上昇で円高も進行し、輸出企業が苦境に追い込まれ、名目GDP低迷で政府の税収が減り、財政が悪化することになる。上記の犠牲を払っても達成しなければならない、何らかの政治的なイシューがあればともかく、そんなものはどこにも存在しない。

 さんざんに、反対派から、
 「いったい、何のためのTPPなのだ。具体的にメリットを明らかにせよ」
 と批判された政府は、2011年10月25日に「TPPの経済効果」に関する内閣府のシミュレーションを公表した。すなわち、TPPに加盟すると実質GDPが10年間で2.7兆円増えるという、例の数字である。

 ちなみに、実質GDPとは名目GDPから物価変動の効果を控除したものだ。たとえば、実質GDPが2.7兆円増えるとは、
 「2.7兆円分の生産が、実質的に増えた」
 という話になる。とはいえ、実質GDPが2.7兆円増えたとしても、デフレによる物価下落が進行すると、名目GDPはマイナスになる可能性がある。逆に、デフレを脱却し、物価が上昇局面に入れば、実質GDPが2.7兆円増えたとき、名目GDPはそれ以上に増えることになるわけだ。

 

名目GDPは物価上昇「のみ」で増える

 ところで、政府の租税収入は名目GDPと明確な相関関係があるのに対し、実質GDPと関係が深いのは雇用だ。何しろ、上記の例で言えば「2・7兆円分の生産が『実質的』に増えた」という話であるから、確実に日本国内の雇用が増えている(2.7兆円の生産増加分の雇用)。

 逆に、物価上昇により名目GDPが2.7兆円増えたにもかかわらず、実質GDPは成長しなかったとしよう。この場合、実質的な生産の増大はゼロになる。すなわち、雇用はまったく増えない。とはいえ名目GDPが増えた分、政府の租税収入も増加し、財政が少しは健全化に向かうことになるわけだが。

 すなわち、国民経済は実質GDPも名目GDPも、ともに健全に成長してもらわなければ困るのだ。名目GDPの成長は、国民の所得と政府の租税収入を増やす。実質GDPの成長は、生産が実質的に増えることで、雇用を生み出す(=失業率が下がる)。

 ちなみに、新聞などのメディアで「経済成長率」と報じられた場合、大抵は「実質GDPの成長率」を意味している。何しろ、名目GDPは物価上昇「のみ」でも増えるのだ。インフレを止められなくなった国において、物価が1年間で2倍になった場合、名目GDPの成長率が何と100%になってしまうわけだ。とはいえ、実質GDPが成長していなければ、国民への実質的な供給(=生産)は増えない。生産が実質的に拡大せず、国民の需要が満たせない状況にもかかわらず、物価上昇で名目GDPだけが拡大したところで、何の意味もないわけだ。

 

三橋貴明

(みつはし・たかあき)

経済評論家、作家
 

1994年、東京都立大学(現・首都大学東京)経済学部を卒業。外資系IT企業などを経て、2008年に中小企業診断士として独立、三橋貴明事務所を設立。経済評論家、作家として活躍中。2007年、韓国経済の脆弱な実態を暴いた『本当はヤバイ! 韓国経済』(彩図社)がベストセラーに。他の近著に『2012年 大恐慌に沈む世界 甦る日本』(徳間書店)『経済と国家がわかる 国民の教養』(扶桑社)『三橋貴明の「日本経済」の真実がよくわかる本』(PHP研究所)などがある。 


◇書籍紹介◇

メディアの大罪

テレビ、新聞はなぜ「TPP戦争」を伝えないのか

三橋貴明 著
本体価格 1,400円   

なぜ「どこの国のテレビ局かと思う」放送がまかり通るのか。稀代の経済評論家が、デジタル化で自滅するオールドメディアの末期を示す。



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