是枝裕和 × 井上由美子~世界といまを考える
2015年07月01日 公開 2018年06月08日 更新
井上 何か台詞で説明していないのに伝わる。私も、そんな世界をやってみたいといつも思うんですが、テレビの宿命なのか、「ここ、もっとちゃんと台詞で説明してください」といわれるので、「俺はこう思う」とか書いちゃって、あとで落ち込みます。でも、たとえば〈……〉だと役者さんがわからないですよね。それは現場で説明されるんですか。それとも「そんなことは一切説明せんよ。やってみたまえ」的な感じなんですか(笑)。
是枝 (笑)不安になっているなと思ったら話します。不安になられると、芝居のなかで何か説明しようとしだすので。逆に「ここまで台詞でいう必要はないんじゃないか」と役者さんのほうからいわれることもあります。やはり自分で書いて、自分で現場に行ってお芝居を見ていると、ときどき恥ずかしくなることがある。それはたぶん何かいい過ぎている証拠なので、そのときには削っていく。その「あ、ちょっと恥ずかしい」と思う感じは大事にしようと思っています。
井上 モノを書くのは「恥をかく仕事」だといいますから(笑)。
是枝 確かに。井上さんは演出家の存在や力量というのを、どのくらい信頼、または疑っていますか。
井上 そうですね……、ものすごくわかりやすい例でいうと、「私、あなたのこと大嫌いなんです」という台詞を書くとしますよね。でも本当は大好きだという設定だとして、その脚本を読んで「大好きです」といいたいのだと受け取ってくれる演出家は実はそんなにいない。だから、「私、ちょっとあなたに興味あるんですよ」といういい方に変えるか、「大嫌いなんですよ」のままでいくかというのは、演出家を信頼しているかどうかなんですね。
是枝 なるほど。山田さんや倉本聰さんはインタビューで「書いた台詞は変えてほしくない」とおっしゃっているんですが、それはきっと演出家を信用してないんだなと。でも井上さんのいっているのはそういう意味ではないですよね。
井上 はい。変な謙遜ではなく、自分のところで完結しないほうがいいと思っているので。やはりガッカリする仕上がりのときもあるんですが、逆に「ああ、こういう人間に膨らませてくれたんだ」と思うこともある。それはやはり現場の力なので、基本は演出家に委ねますね。脚本は設計図ですから。どんな家を建ててくれるのか、たとえば壁は白と書いたけれど、どんな白なのかは建築家、つまり演出家の判断。それは信頼して渡すしかない。是枝さんが脚本を書いて、誰か演出家に委ねるとしたらどうですか。
是枝 僕は自分の作品で「脚本・監督」とはしているものの、自分を脚本家だと思っていないんです。誰かの脚本を演出するのはできると思うけれど、僕の書いた脚本は自分で演出する前提というか、ぜんぜん脚本の体をなしていないと自覚している。話をしていて思い出したけれど、シナリオ学校に通っていたときに書いていた脚本って意外と八千草薫がよく出てくるんです(笑)。
井上 (笑)なぜ?
是枝 当時観ていたドラマの影響で。井上さんにはそういう人はいますか。
井上 私、父親がすごく憎いんですけど、死んじゃった。でも、憎いというのはファザコンの現れで、やはり山﨑努さんとか原田芳雄さんとか、ああいうちょっと壊れたおっさんが主人公のものを多く書いていました。
是枝 そうなんだ。
井上 八千草薫さんというのは、お母さんのイメージ? おばあちゃん?
是枝 お母さん。
井上 母なるものですね。母なるもの、父なるもの。どこかこの仕事は中性的ですよね。たぶん是枝さんが女性的、私は男性的なのではないかしら。
是枝 では、この人で書きたいという人は?
井上 そうですね、いまは長澤まさみちゃんで書いてみたい。彼女がまだ中学生のころに、桃井かおりさん主演の2時間ドラマを書いたんですが、その娘役が彼女だったんです。中学生だけどとてもいい演技をしていて、もう1回書いてみたいなと思っています。是枝さんは?
是枝 僕は深津絵里さん。
井上 おもしろい役者さんですものね。いつか実現するといいですね。
是枝 井上さんは脚本を書くとき、WOWOWと民放とNHKでは自分のなかで何か変わりますか。
井上 そんなに変わらないですが、やはり民放はCMがあるので、どこを切っても話に入ってこられるようにということを考えますね。NHKとWOWOWはCMがないというのと、一応は最後まで観てくれるという前提のもとに書いているので、その場で回収(伏線の種明かし)できないことを置いてもいいと思いながら書いています。是枝さんも連ドラ(『ゴーイング マイ ホーム』*12)をおやりになりましたよね。どうでしたか。
是枝 プロデューサーには「1話で振ったものは1話で回収してくれ」といわれました。1話で振ったものを4話で回収したかったんですが、「必ず毎週観てくれるわけじゃないし、4話から観はじめた人がわからないから」と。連ドラの魅力を殺すのか! と思ったけれど、視聴率だけを見ればたぶんそのプロデューサーの意見が正しかったんだなという反省点はある(笑)。だけど、やっぱり全話を通して何かが振られたり回収されたりというのが大きな縦軸としてあったほうがおもしろいなとは思います。『きらきらひかる』(*13)もそうですよね。
一話ごとにひとつ死体が出てくるという単発モノの構造と、第1話で振って最終話で回収されるひとつの大きな謎というのが平行して存在して、見事につくられているなあと思いました。
井上 ありがとうございます。でも、それこそ山田さんのドラマなんて、毎回何も解決しないことだらけじゃないですか。『想い出づくり。』の最終回も、どうなのかなって(笑)。
是枝 「えっ?」って思いましたよね(笑)。
井上 でも、それでいいというか、それがいいというか、それを楽しみに観る人たちもいる。是枝さんの連ドラ、すごくおもしろかったですよ。山口智子さんの妻の描き方なんて最高だった。働いている奥さんの、何かこう諦めているようで、人を見下しているみたいな(笑)、そんな感じがとってもリアルでした。
《PHP文庫『世界といまを考える1』より抜粋》