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エルトゥールルの奇跡~国を越えて、人々の命を救うとは?

門田隆将(ノンフィクション作家)

2015年11月28日 公開 2018年12月12日 更新

エルトゥールルの奇跡~国を越えて、人々の命を救うとは?

『日本、遥かなり エルトゥールルの奇跡と邦人救出の迷走』より一部抜粋

 

迷走を続ける邦人救出問題は、私たちに何を問いかけるのか

 私は、本書『日本、遥かなり』でイラン・イラク戦争でのテヘラン脱出(1985年)、湾岸戦争の「人間の盾」(1990年)、イエメン内戦からの脱出(1994年)、そして、リビア動乱からの脱出(2011年)という4つの大きな「邦人救出」をめぐる物語を書かせていただきました。

 そして、これらの物語と、95年の時を越えた恩返しである「エルトゥールル号の奇跡」とを照らし合わせることで見えてくる“人にとって最も大切なこと”について描かせてもらいました。

 長い歳月をかけた本書の取材と執筆の最終段階が、ちょうど安保法制の国会論議と重なりました。

 日本の安全保障問題だけでなく、海外で働く人々のことを念頭においた「邦人救出」問題についても、どんな議論が闘わされるのか、私は注目し、期待していました。

 国家の使命は、言うまでもありませんが、国民の生命と財産、そして領土を守ることにあります。国民の命と幸福追求の権利をしっかりと支えてくれるのが、国家という存在であるはずです。

 日本は、国際貢献と国際ビジネスの最前線に立つ邦人が危機に陥った時、その救出を長い間、他国に委ねてきました。

 先進主要国の中で、そんな国は日本しかありません。

 見事に国際化を果たし、海外に居住する邦人の数が、およそ129万人にもなるという国において、いざという時の自国民の救出を「他国に委ねる」という“異常な事態”に終止符が打たれるかどうか、私は注目していたのです。

 しかし、期待は、裏切られました。

 国会では、国民の命や領土をどう守るか、という議論ではなく、「戦争法案」「憲法違反」「徴兵制」などという、抽象論、観念論が飛び交い、あるいは重箱の隅をつつくような質疑が続きました。

 与党推薦の憲法学者が法案を「違憲」と意見表明したことから、マスコミが大騒ぎとなり、冷静な議論から、さらに遠去かっていきました。

「肝心の国民の“命”は、どうなるんだ」

そう思いながら、国会論議を見つめていた人は少なくないでしょう。

 もし、憲法学者の多数決で国家の政策が決まるなら、大多数の憲法学者が「違憲」とする「自衛隊」の存在も否定されます。

 つまり、日本と日本人は、この厳しい東アジア情勢の中で“丸裸”になり、海外での邦人の安全確保や救出などは、もはや、夢のまた夢となります。

 「いったいどこの国を利するために、こんな議論をしているんだろう」

 私は、そんな素朴な思いを抱きながら、国会論議を見つめていました。

 戦力の不保持を規定した「憲法9条」と、国民の生命と自由、そして幸福追求の権利を謳った「憲法13条」の兼ね合いから認められている「自衛」の意味を理解せず、そんな観念論ばかりに終始した政治勢力やマスコミに対して、失望した人もいたことと思います。

 太平洋戦争の深い反省のもとにスタートした戦後日本は、ひたすら平和を希求して「戦後の70年」を歩んできました。しかし、その道は、一部に国際常識から逸脱した硬直した考え方や観念論を生み、育ててしまったことも事実です。

 それは、国にとって、いや、私たち国民にとって、
「最も大切なものは何なのか」
ということさえ、時に見失わせるものだったのかもしれません。

 言いかえれば、邦人の命を守ることは“究極の自衛”であるということまで、理解されない風潮を生んでしまったのです。

 私は、本書の取材で、海外で活動する多くの邦人に、こんなことを教えられました。それは、海外で危機に陥った時、外国人は、
「心配するな。必ず国が助けに来てくれる」
と信じており、一方、日本人は、
「絶対に国は助けてくれない」
そう思っている、ということです。

 「外国で暮らせば、日本が"一番大切なもの”を忘れた国であることは、すぐにわかりますよ」

 そんな嘆きを私はあちこちで聞きました。中には、
「自分は、日本人に生まれてよかったのか」
とまで言う人もいたのです。

 また、この取材を通じて私が知ったのは、国としての情けなさとともに、海外で活動している邦人たちの懸命な姿でもありました。

 ビジネスで、ボランティアで、さまざまな邦人が国際貢献の最前線で闘っていました。彼らの挫けない、前向きの姿に、感動させられることが、度々、ありました。

 本書を書き上げたいま、私が本当に描きたかったのは、実は、そうした国際舞台の最前線で懸命に活動する「日本人群像」であったことに気づきました。

 よりよい日本に、そして、最も大切なものを守ることを忘れない国になってほしい、という思いを私は強くしています。

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イラン・イラク戦争で日本人を救ったオルハン・スヨルジュ機長夫人からの手紙

著者紹介

門田隆将(かどた・りゅうしょう)

ノンフィクション作家

1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。雑誌メディアを中心に、政治、経済、司法、事件、歴史、スポーツなどの幅広いジャンルで活躍。著書に『記者たちは海に向かった―津波と放射能と福島民友新聞』(角川書店)、『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)などがある。『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)で、第19回山本七平賞受賞。最新刊は、バシー海峡の悲劇を描いた戦争ノンフィクション『慟哭の海峡』(角川書店)。

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