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丹羽宇一郎が語る、人類と地球の大問題

丹羽宇一郎(元伊藤忠商事会長/元中華人民共和国特命全権大使)

2016年02月10日 公開 2023年01月12日 更新

PHP新書『人類と地球の大問題』より

気候変動と水、食糧、人口問題!

 

迫りくる危機、人類存亡の事態

最近、私は会合や講演ごとに地球の気候変動や人口増加、食料・水不足をテーマに採り上げる。経済界のトップが集まった会合でも、50年後の世界が直面する危機について問題を投げかけたことがある。すると、決まって同じような答えが返ってくる。

「いや、丹羽さんがおっしゃっていることはよくわかります。でも人間はこれまで何か問題が起こって、たいへんだ、たいへんだといいながらも、そのたびごとになんとか乗り越えてきたじゃないですか。今回も人間はその知恵を働かせて、きっと問題を乗り越えていきますよ」

政治家や官僚を含めて多くの人びとは、おそらく同じように思っているのかもしれない。

しかし、私は会社経営の話をしているのではない。地球の民が生きていけるかどうか、あなたの子供や孫たちが生き延びていけるかどうかという、いわば人類存亡の事態に関する問題を提起しているのである。

「人間は問題を乗り越えていくと思う」と口にする人たちは、みんな50年後にこの世にいないため、切迫した問題としては考えられないし、難問から目を背けたいのだ。

もし乗り越えられなかった場合のことを想像すれば、「おそらく大丈夫だろう」「なんとかなるのではないか」といった希望的観測で済む話ではないことは言を俟たない。そして、もしも大丈夫なら大丈夫で、大方の人が納得いくような根拠を示す必要がある。

 

世界に山積する課題

50年後を想定して、世界と日本が直面する問題について、ごく大まかな輪郭をたどってみる。人口増加、気候変動、食料・水・エネルギーの不足といった問題は、それぞれ複雑に絡み合っている。たとえば、この21世紀、人口はアフリカを中心に増え続け、2015年に72億人を超えた世界人口は、今世紀の半ばすぎには100億人に達するとの試算を国連が出している。

その100億人を地球は食べさせていかなければならない。20世紀の人口爆発に対しては、バイオテクノロジーを基とする種子革命が食料の大幅増産を実現した。しかし、同様の革命がこれから起きるという想定はできない。

過去のデータから見て、穀物の耕地面積はそう増えないだろう。技術的にも環境的にも食料増産の限界が近づいている可能性はある。となれば、国際連合食糧農業機関(FAO)が発表した2015年現在の飢餓人口約7億9,500人(約9人に1人)は、もしかしたら、これから増える可能性もある。

今世紀に入って世界で人口が増える速度は低下して、人口動態グラフの勾配は緩ゆるやかになってくることが予測されている。しかし一方で、世界全体が高齢化の問題に直面することになる。日本はその再先端を突き進んでいる。

最も懸念されるのは、気候変動の問題だ。

人間の産業活動を原因とする地球温暖化による異常気象は、地球上の水資源の分布に大きな影響を与え、乾燥地ではさらなる干ばつが進み、世界各地で水不足が相次いでいる。たとえば、2011年から続くカリフォルニアの記録的な大干ばつは世界市場に深刻なダメージを与えている。

多くは農業用水に向けて使われる水の不足は、食料不足に直結し、すでに水をめぐる紛争は各地で起こっている。

温暖化によって南極の氷床が融け、グリーンランドにある雪の堆積面積はここ数年で20%ほど減った。棚たな氷ごおりの流失や永久凍土の融解、氷河の後退などの異常事態が各地で相次ぎ、近年は1年に3ミリ以上の速度で海面上昇が観測され、今世紀中にはメートル単位の海面上昇が起こる可能性が指摘されている。

今世紀に入って異常気象を原因とする自然災害の数は急増し、その規模も大きくなっている。2000年以降の10年間を見ると、1970年代に比べて、発生件数、被災者数ともに約3倍に増加した。

災害による犠牲者の大半はアジアの低所得・中所得国に集中しており、災害と貧困の悪循環は拍車がかかる恐れがある。

科学者にいわせれば、地盤が弱い海底に囲まれた島国日本は、地震と津波による自然災害のリスクがきわめて高くなっている。東海・東南海・南海地域で発生しうる「南海トラフ巨大地震」について、政府の地震調査委員会が算出した2013年から30年間の発生確率は、マグニチュード8~9クラスの地震が60~70パーセント。最悪の場合、3万2,000人の犠牲者が出ると想定される。

 

反乱を起こす地球

最近の日本や世界で頻発する自然界の暴れ方を目の当たりにしていると、想像をはるかに超えるものがある。

通常の生活は崩れるときは、あっという間に崩壊する。そのときには、人間の力がいかに脆く、はかないかを身をもって知る。飲み水がわずか一日切れても苦しくなり、冬場なら電気・エネルギーの途絶は生命の危機に及ぶ。それが1週間、広範囲に続けば、ほとんどお手上げ状態となる。

しかも、こうした事態がいつどこで起きるかわからない。

地球の気象と環境の明日がいまよりも一瞬よくなることはあっても、根底から改善されることはほとんどあり得ないだろう。なぜなら人口が増加するかぎり、地球は傷つき汚れるからだ。それは人類の数千年来の歴史が示していることである。

人類はこれまでその数を急速に増やしてきたが、一方で人間以外の生物の種は減り続けている。IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト(絶滅のおそれのある種のレッドリスト)」によると、約2万2,000種以上の野生生物が絶滅の危機に瀕ひんしている。哺乳類でいえば全体の1割から2割に当たる。

米国の科学者グループの研究によると、現在の地球では6,600万年前に恐竜が絶滅して以降、最も速いペースで生物種が失われている。世界は地球史上6回目の大量絶滅を迎えつつあり、ごく控えめに見積もっても、これまでの約100倍のペースで生物種の消滅が進んでいる。

原因は人間の産業活動による生態系の変化だ。種の絶滅による生物多様性の減少は、さらに生態系全体に影響を及ぼし、人類も早期に死滅する可能性があるという。

私が懸念するのは、人間が地球に為してきた行為に対して、地球はいつか必ず反乱を起こすということだ。

自然界すべてを支配できるという人間のもつ傲慢さは、自然によるしっぺ返しを食らって、結局は自らを滅ぼすことになるのではないか。人間は津波や地震や噴火をコントロールできない。致死的なウイルスがどこで発生して、どう感染していくかもわからない。

地球上に高まるリスクに、なんとかなるさと知らん顔をして平然としている人間の傲慢さと神をも畏れぬ不遜さを、私たちは自戒しなければいけない(私流にいえば、「神」とは個々人が貧富、強弱、民族を超えて想定しうるすべての「民」の声の総和であり、その「心」は個々人の心のなかにのみ、いろいろな色彩をもって存在するものである)。

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弱肉強食の争奪戦

著者紹介

丹羽宇一郎(にわ・ういちろ)

公益社団法人日本中国友好協会会長

1939年、愛知県生まれ。前・中華人民共和国駐箚特命全権大使。名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。98年に社長に就任すると、翌99年には約4,000億円の不良資産を一括処理しながらも、翌年度の決算で同社の史上最高益を計上し、世間を瞠目させた。2004年、会長就任。内閣府経済財政諮問会議議員、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任ののち、10年、民間出身では初の駐中国大使に就任。12年の退官後も、その歯に衣着せぬ発言は賛否両論を巻き起こす。現在、早稲田大学特命教授、伊東忠商事名誉理事。著書に、『中国の大問題』(PHP新書)など。

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