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「核の戦国時代」に、どうする日本国憲法

日高義樹(ハドソン研究所首席研究員)

2016年08月18日 公開 2022年11月02日 更新

(以下、本書『「核の戦国時代」が始まる』より一部抜粋)

 

「核の戦国時代」に、どうする日本国憲法

「核の戦国時代」が始まるアメリカの力が後退するなかで、独裁者がすべてをとりしきる専制国家ロシア、中国、北朝鮮が核兵器を持ち、今後ますます侵略的な政策を露骨にしてくると思われる。そうしたなかで、まず懸念されるのは朝鮮半島である。

ワシントンの専門家は、朝鮮半島の歴史から見て北朝鮮が核兵器を開発しているのは、朝鮮半島の統一を国家目標にしているからだと見ている。すでに述べたように、北朝鮮は韓国の存在を認めず、朝鮮半島にあるべき国家は北朝鮮だけである、と主張している。

北朝鮮が核兵器を開発するとともに、在韓米軍の陸軍師団は、朝鮮半島の南に移動してしまった。北朝鮮が韓国に侵略を始めた場合には、同じ民族同士の戦いになると見られている。

もっともワーク国防副長官が指摘したように、25年先の朝鮮半島情勢は、予想すらつきかねる。

中国もロシアもそれぞれ、国内的な政治不安を抱えている。アメリカという敵が後退したあと、ロシアと中国がどのような形で国内の政治的統一を保つのか。こうした問題を総合的に勘案すると、まさに25年後の世界は、予想することが非常に困難である。

変動に次ぐ変動の25年間になると考えられるが、危険なことに、世界にはいまや核兵器が溢れている。

日本は、予測の困難な国際情勢のなかで安全を保つためには何をなすべきか。まず基本的に必要なのは、日本の安定と繁栄を維持するために、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの国々との協力体制をつくることである。アメリカの世紀、アメリカ一人勝ちの時代が終わり、新しい国際的な協力の時代がすでに始まっているからである。

国連をはじめとするアメリカのシステムが、いまやうまく機能しなくなっていることは誰の目にも明らかである。国連が何を決めようとしても、ロシアと中国が反対する。国際平和の維持を標榜する国際組織、国際連合はいまや完全に行き詰まってしまった。

アメリカの共和党大統領候補になると思われるドナルド・トランプが、アメリカ国民の支持を集めているのは、彼が既存のアメリカの体制や世界の体制を変えようとしているからである。日本も「アメリカの後の世界」をつくるために、いかなる役割を果たすべきか考える必要がある。

日本は、アメリカの一部の人々によって動かされた日米安保外交や国連外交に代わる新たな外交政策を展開するために、従来の体制を根本的に変えなくてはならなくなっている。

もっとも、日本でもすでにこの問題について多くの論議がなされている。憲法改正の動きもその一つといえる。

世界のすべての国が憲法を持っているわけではない。たとえばイギリスには憲法がない。だが憲法を持つ国にとっては、それを変えることは国民の社会生活に大きな影響を与えるために、たやすく行えることではない。

日本にとって重要なのは、憲法を変えるか否かという問題もさることながら、これからの日本が国際社会でどのように行動するべきか、という原則を明確にすることである。

私は『アメリカが日本に「昭和憲法」を与えた真相』(PHP研究所)という本を書いたとき、第二次世界大戦後に日本を占領し、サンフランシスコ講和条約で日本に独立を与えたアメリカの政治家や軍人たちが何を考え、どうしてきたかを詳細に調べた。また憲法作成に関わった人々にも直接会って話を聞いた。

当時、日本を占領していた軍人たちは、あらゆる努力を結集して、日本の新しい憲法が日本人の手によって考えられ、つくられたという体裁を整えようとした。そう努力したのは当然のことである。占領軍が憲法を与えたということになれば、その憲法は占領体制が終わると同時に捨てられてしまう。憲法作成に関わった人々の誰もが私にこう言った。

「占領が終わったら、日本人はこの憲法を廃棄するだろうと思った。だから日本人がつくったのだという形をとることが大切だった」

占領軍の当事者たちはまた、古い明治憲法との連続性を維持することに全力を挙げた。

つまり新しい憲法は、明治憲法と同じように、日本人が作成したものであると、日本人をはじめ内外に示そうとしたのであった。

この試みが成功したのは、憲法そのものが優れたものであったからだ。アメリカの政治学の碩学であるハーバード大学のジョン・ケネス・ガルブレイス教授は、私とのインタビューのなかではっきりとこう言った。

「良い憲法は誰がつくっても良い」

たしかにそうであるが、日本の多くの人が信じ込んでいるように、この良い憲法が日本という国の安全を維持してきたわけではない。日本の安全が保たれたのは、アメリカの軍事力が日本と日本の憲法を覆ってきたからである。アメリカの力が、長い平和を日本にもたらしたのだ。

第二次世界大戦後の70年間にわたって、アメリカの力というドームが日本をすっぽりと覆い隠していたために、中にいる日本は平和な状況が当たり前のことになってしまった。

日本は、ドームそのものも、ドームの外にあるアメリカの力を見ることも認識することもなく、「憲法が平和をもたらしてくれた」と信じ込んでしまった。

このドームが、いまや消えようとしている。憲法は依然として存在はしているものの、日本と日本の憲法を覆っていたアメリカの力が消えようとしている。 

すでに触れたが、ドナルド・トランプが『ニューヨーク・タイムズ』の記者や編集者と1時間20分にわたって外交、国際問題を話し合ったなかで、「日米安保はいらない」と述べたことから、日本では日米安保条約の将来と日本の孤立について関心が強くなっている。

日米安保条約はアメリカの占領体制が終わり、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年、アメリカの国際戦略の一つとして成立した。

当時のアメリカは、ソビエトや中国と関係を持つ国内過激派が日本政府を転覆させたり、日本がソビエトに基地を提供したりするのではないかと強く危惧していた。

そうした事態を防ぐ目的でつくられた日米安保条約がその後の60年間、アメリカの重要な国際戦略の一つとして存在し続けてきた。

日米安保条約がなくなれば、たしかに日本は孤立する懸念がある。だが、その孤立によって日本の安全が脅かされると、単純に考えるべきではない。日本は孤立することによって、ようやく真に独立した国家になる機会を手にするのである。

日本という国は、その存在のすべてを日米安保条約に基づくアメリカの政策に委ねてきた。このことは世界中の国が見てきたことである。

私は17年半続いた『日高義樹のワシントンリポート』という番組のために、ドイツの指導者、ヘルムート・シュミット元首相3回ほど、インタビューした。

1回目のインタビューの場所は、ハンブルクのアトランティック・ケンピンスキーホテルのスイートだった。シュミット元首相は、どっしりとした安楽椅子の背にもたれ、タバコを片手に、時々それをふかしながら辛口のアメリカ批判を聞かせてくれたが、そのなかで彼がこう言った。

「日本は世界に、アメリカしか友達がいない」

シュミット元首相は、アメリカの軍事力にすべてを頼っている日本は、結局のところ、あらゆることをアメリカに頼っているのだ、と指摘したのである。

日本は国連を金科玉条のごとく尊重し、外交の基本にしているが、国連はアメリカの力によって設立された国際機関である。日本外交は即、国連外交だと世界中から言われているが、それはすべてをアメリカに頼っている外交という意味に他ならない。

日米安保条約が空洞化し、アメリカが日本を見放せば、日本の国連外交は壊滅する。だが日米安保条約が空洞化することは、日本が真の独立国家として存在することを意味する。

世界は「核の戦国時代」に入るだけでなく、予想すらできない困難な状況になろうとしている。

だが逆に言えば、日本は真の独立国になる機会を手にすることになる。この機会を逃してはならない。

著者紹介

日高義樹(ひだか・よしき)

ハドソン研究所首席研究員

1935年、名古屋市生まれ。東京大学英文学科卒業。1959年、NHKに入局。ワシントン特派員をかわきりに、ニューヨーク支局長、ワシントン支局長を歴任。その後NHKエンタープライズ・アメリカ代表を経て、理事待遇アメリカ総局長。審議委員を最後に、1992年退職。その後、ハーバード大学客員教授、ケネディスクール・タウブマン・センター諮問委員、ハドソン研究所首席研究員として、日米関係の将来に関する調査・研究の責任者を務める。1995年よりテレビ東京で「日高義樹のワシントンリポート」「ワシントンの日高義樹です」を合わせて199本制作。主な著書に、『アメリカの歴史的危機で円・ドルはどうなる』『アメリカはいつまで日本を守るか』(以上、徳間書店)、『資源世界大戦が始まった』『2020年 石油超大国になるアメリカ』(以上 ダイヤモンド社)、『帝国の終焉』『なぜアメリカは日本に二発の原爆を落としたのか』『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』『アメリカが日本に「昭和憲法」を与えた真相』『アメリカの大変化を知らない日本人』『「オバマの嘘」を知らない日本人』『中国、敗れたり』(以上、PHP研究所)など。

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