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安倍発言「リーマン・ショック前夜の状況」は本当である

長谷川慶太郎(国際エコノミスト)

2016年09月13日 公開 2024年12月16日 更新

安倍発言「リーマン・ショック前夜の状況」は本当である

 

伊勢志摩サミットでの安倍発言は正しい

ドイツのメルケル首相にとって目下、最大の課題は国内問題だ。具体的に言えば、ドイチェ・バンクの経営問題である。

ドイチェ・バンクは、2015年決算で過去最大の赤字を計上した。ドイチェ・バンクの危機はずっとささやかれているが、正直な決算をすれば、債務超過になっている可能性があると指摘されている。

ドイチェ・バンクが破綻すれば、その影響は計り知れない。ドイチェ・バンクが破綻してドイツ金融が混乱に陥れば、共通通貨「ユーロ」を支える国がなくなり、「ユーロ」がもたなくなる。世界に流通している「ユーロ」が信用力を失えば、まさに「リーマン・ショック級の危機」となる。

ドイチェ・バンクだけでなく、フランスも大手銀行の経営状態が悪いし、イギリスも銀行問題を抱えている。ヨーロッパの最大の危機は、イギリスのEU離脱よりも、主要先進国の銀行問題である。

そこに、「イギリスのEU離脱」という新たな要素が加わった。金融市場の混乱を避けながら、イギリスのEU離脱をいかに衝撃の少ない形でまとめていくのか。相当な腕前が要求される事態だ。

伊勢志摩サミットで、安倍首相は「リーマン・ショック前夜の状況と似ている」と言って、リスクに警戒するように呼びかけた。それに対して、メルケル首相らが「そこまでのリスクとは言えないのではないか」と反論したとされる。

当たり前だ。メルケル首相が「そのとおりです。実は、ドイチェ・バンクが危ない」などとは口が裂けても言えないし、また、政治家はそういうことを言ってはいけないのである。

実は、日本には教訓が残っている。昭和2年(1927)の金融恐慌だ。その教訓を生かしたのが1997年の金融危機だった。

筆者は、1996年時点で、様々な情報を統合した結果、日本の金融市場に重大な危機が来ると結論づけた。当時、その結論を持って、自民党の竹下登氏のところへ行った。竹下氏は首相を退任していたが、政界への影響力は依然として非常に大きかった。

筆者が「金融危機の恐れがあります」と話すと、竹下氏は「すぐに、いっちゃんに会わなければいかん」と言った。「いっちゃん」とは、小沢一郎氏のことである。小沢氏は当時、野党第一党の新進党党首だった。

筆者は、その場で小沢事務所に電話した。秘書は「来客中でございます」と、取り合おうとしなかった。そこで「私がいま、どなたの目の前で電話しているかお伝えしましょう。竹下登先生です」と言うと、慌てて秘書が取り次いだ。そして、スケジュールを調整して、竹下氏、小沢氏、筆者の3人で、ある料亭で会った。

小沢氏に対して竹下氏は、「いっちゃん、詳しいことは慶太郎先生から聞け。私が言いたいことは、昭和2年の教訓を忘れるな、ということだ」と言った。

小沢氏は「かしこまりました。承知いたしました」と、はっきりとした声で返事をした。

昭和2年の金融恐慌は、議会での片岡直温蔵相の失言を発端に発生した。

衆議院予算委員会での野党の厳しい質問に対して、片岡蔵相が「東京渡辺銀行がとうとう破綻をいたしました」と述べたことで、取り付け騒ぎが起こり、金融恐慌につながった。

竹下氏の言う「昭和2年の教訓」とは、当時の愚を繰り返してはならないということである。

1997年には金融機関の経営悪化が表面化し、北海道拓殖銀行が破綻した。このときに国会では一度も北拓の問題は審議されていない。竹下氏に言われて野党党首の小沢氏が、金融機関名が出るような質問をさせなかったのである。

政治家の不用意な発言が金融恐慌を引き起こすこともある。それがわかっているので、メルケル首相もオランド大統領もキャメロン首相も、絶対に金融機関の問題を口にしなかったのである。

安倍首相は相手の立場をわかっているから、直接的な表現はしなかった。だが、「リーマン・ショック前夜」と言われて、メルケル首相はドイチェ・バンクのことだとピンと来たはずだ。オランド大統領もキャメロン首相も、「わが国の銀行のことだ」と思ったはずである。そういう意味で、安倍首相の指摘の仕方は見事だった。

マスコミは、「安倍首相は、参院選に向けて、消費税増税延期の口実にリーマン・ショックを持ち出した」と主張していたが、それは間違いである。というのは、参院選があろうとなかろうと、リーマン・ショック前夜の状況は変わっていないからだ。

ヨーロッパで銀行問題が発生すれば、イギリスのEU離脱問題どころではない、はるかに大きなリーマン・ショック級の事態が発生する。安倍首相は、それに対する警戒を怠らないよう欧州首脳に促した。

それに対して、欧州首脳たちは口先では否定して見せたものの、強く否定はしなかった。もし金融破綻の事態が生ずれば、支援できるのは日本しかないことがわかっていたからだ。安倍首相に頭を下げざるを得なくなるから、反対できなかったのである。

『「世界大波乱」でも日本の優位は続く』より一部抜粋

 

〈著者略歴〉長谷川慶太郎(はせがわ けいたろう)
国際エコノミスト。1927 年、京都府生まれ。大阪大学工学部卒業。新聞記者、証券アナリストを経て、1963年から評論活動を始める。以後、その優れた先見力と分析力で、つねに第一線ジャーナリストの地位を保つ。1983 年、『世界が日本を見倣う日』(東洋経済新報社)で第3回石橋湛山賞受賞。著書に、『日&米堅調 EU&中国消滅─世界はこう動く国際篇(共著)』『マイナス金利の標的─世界はこう動く国内篇(共著)』(以上、徳間書店)、米中激突で中国は敗退する(共著)』(東洋経済新報社)、『今世紀は日本が世界を牽引する』(悟空出版)、『日本経済は盤石である』(PHP研究所)など多数。

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