危機対応のプロが教える、修羅場で問われる4つの説明力
2016年11月03日 公開 2024年12月16日 更新
先人たちの失敗、教訓に学ぶ
私、小野展克は、共同通信社で、20年以上も記者、デスクを務めた後、大学教員に転じ、マスコミ論や公共政策論などを講じながら、物書きとして著作や記事を発信している。もうひとりの著者、池田聡は、経営共創基盤のパートナーで、日本銀行で金融システムや人事などの業務を担い、産業再生機構では事業再生の実務を担い、広報を担当した経験を持つ。
企業や官庁がマスメディアから取材を受ける瞬間は、なにがしかの緊張関係を帯びている。不祥事なのか、トップ交代なのか、合併なのか─。
企業にとっても、記者にとっても、そこは修羅場だ。情報を漏らしたくない、悪く書かれたくないと身構える企業と、少しでも早くスクープしたい、おもしろい記事を書きたいといきり立つ記者との利害は必ずしも一致せず、思惑はときに大きくすれ違う。
しかも、ちょっとした食い違いや勘違い、感情のもつれが、情報発信に誤りや不必要な歪みをもたらし、企業の評判に深刻なダメージを与えることになる。
こうした難しいコミュニケーションの修羅場、危機管理の現場に立つのは、なにも広報パーソンや記者だけではないだろう。取引先との交渉、上司への報告など多くのビジネスパーソンが、社内外の説明に日夜苦慮しているはずだ。
小さなボタンの掛け違いで、大きな商機が吹き飛んだり、上司からの評価が致命的に傷つくこともある。
広報パーソンと記者のやりとりは、いわば対外コミュニケーションのギリギリの姿だ。
限界的な状況で、物事の本質が浮き彫りになるのは、あなたの日々の仕事の中でも経験されているだろう。
われわれ2人は、記者と広報パーソンという逆の立場で、企業などの対外発信の限界的な状況に、向き合ってきた。そこには多くの失敗があり、先輩たちから伝えられた教訓がある。そして、実践の積み上げによって獲得した知見がある。
こうした互いの経験や知見を持ち寄り、さまざまな角度から議論し、整理したのが本書である。本書はノウハウ本ではない。組織内外へのコミュニケーションの課題に対してマニュアル的な解決策を提示することを目指してはいない。 現実のビジネスで直面するシーンは、あまりに複雑で修羅場の説明力をマニュアル化するのは不可能だからだ。経験とフィードバックを積み重ねることで、対応力を着実に向上させるしか、道はない。ただ、本書を通読していただければ、あなたが修羅場での経験をより深く感じ取り、フィードバック機能を研ぎ澄ますためのヒントが得られるはずである。
修羅場の説明力に必要なポイントは4つ
本書では説明力の強化に向けて、4つの「力」にポイントを置いた。この4つは「発信力」「独立力」「情報力」「調整力」である。この4つの力について、われわれが経験した具体的な事例に基づいて分析を加えつつ、現実にビジネスパーソンが直面しそうなケースを想定しながら、あなたに考えるヒントを提供したい。
この4つの力は、それぞれに独立した要素ではない。相互に密接に関係している。4つの力のポイントを把握したうえで、現実に直面する経験を深く吟味し、説明力の向上に努めてほしい。
私が金融担当の記者として大手銀行を担当していたのは30代の半ばからだ。あるとき、メガバンクの首脳が、広報マンに向けて記した「広報の心得」を見せてもらう機会があった。この首脳自身が、記者との付き合いが深く、広報について独自の哲学と方法論を持っていたのだ。
「記者の取材には俊敏に対応しなければならない。そのために銀行の業務について常に勉強しておく必要がある」
「不祥事があっても堂々と自信を持って対応しなければならない。銀行員の不祥事は注目されがちだが、他の業界に比べて多いわけではない」
「その記者と10年付き合うことを考えてみるとよい」
メガバンク首脳の広報の心得には、こういった趣旨の言葉がつづられていた。この広報の心得は、そのまま記者の心得にも通じる説得力を持っている。さらにいえば、ビジネスパーソンが説明力を考えるうえでのヒントがたくさん詰まっている。
われわれも説明力の強化というあまりに高い山に挑戦している途上である。本書は、中間報告といってもよいかもしれない。ただ、限界的な状況の中で苦闘してきたわれわれの経験と知見は、あなたが、これから迎えるさまざまな困難を乗り越えるうえで、一つの道標になると信じてやまない。
なお、本書で取り上げた事例の中には関係者にご迷惑をかけないために内容を改変しているケースがある点は御了承いただきたい。