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どうすればメッセージは相手に伝わるのか

2016年11月15日 公開

どうすればメッセージは相手に伝わるのか

※本記事は、小野展克、池田聡著『修羅場の説明力』より一部を抜粋編集したものです。

 

言いたいことは一つしか発信できない

記者生活も10年を過ぎた頃、東京の経済部で、財務省や金融庁、日銀、大手銀行を担当することになった。当時は不良債権問題が深刻化、大企業の経営破綻や銀行の経営統合などが連続する日々だった。一面トップの記事に事欠くことはなく、頻繁に大型のサイド記事を書くことになった。だが、満足できるサイド記事が、なかなか書けない。

好奇心の塊で、記事に盛り込む素材は、たっぷり用意できていたという自負はあった。

しかし、自分のサイド記事を読むと、「伝えたいこと」がしっかり、「伝えられている」という手ごたえが得られなかった。

しかし、何度も大型サイドを書くうちに、ふと重要なことに気づかされた。

サイドでは実は、言いたいことは1つしか書けないということだ。集めた素材をこれ見よがしに、記事に盛り込んだのでは、何を伝えたいのかがわからなくなってしまう。いくら素材が新鮮でも、肉、魚、野菜や出汁をなんでもかんでも、鍋にぶち込んだ料理は食べられたものではない。 

「どうだ。僕はこんなに取材をしていたんだ。こんな話も知っていたんだ」と記事の中でアピールされても、読者の側は混乱してしまうだけだ。

読者が記事に目を通す時間は、ほんの数10秒、せいぜい数分だろう。その時間に読みごたえのある骨太なストーリーをきっちり印象づけなければならないのだ。

記者側の虚栄心や勝手な都合で記事を書いてはいけない。読者にどうすれば伝わるのかを徹底的に考え、研ぎ澄まさなければならないのだ。

必要なことは伝えたい切り口や視点、結論を1つに鮮明に絞り込み、それを伝えるために必要な素材を厳選して、記事の流れをしっかりとつくり込むことだ。そしてプレゼンテーションの基本が示すようにポイントは、せいぜい3つに整理しないといけない。そして、この3つのポイントは、1つの結論に向けて、有機的に絡み合い、ストーリーを形成していなければならないのだ。

とくに経済記事の場合、数字やスキームの説明を丁寧に書き込むとあっという間に字数が膨らんでしまう。数字やスキームは、もちろん経済記事の重要な肝だが、数字が多い記事は、とにかく頭に入りにくい。数字を多用すると記事を書いている記者は、正確に事実を伝えているという満足感を得やすい。しかし、数字も効果的なものだけに絞り込んだほうが、読みやすい記事になるのだ。

 

ジョブズは新聞記事の基本を押さえていた!?

プレゼンテーションの天才と称されるアップル創業者のスティーブ・ジョブズのプレゼンも、きちんと、この基本を踏まえている。

「今日、アップルは電話を再発明します」

初代iPhone 発表の際、ジョブズは、鮮明に結論を1つに絞り切った。

そのうえで、その根拠を3つ示した。

「今日われわれは、3つの革命的な製品を紹介します。第1は、タッチコントロールを用いたワイドスクリーンiPod であり、第2は革命的な携帯電話です。そして第3は、ブレイクスルーを引き起こすインターネットコミュニケーション機器です。これらは、別々の3つのデバイスではありません。これは1つのデバイスです」

天才のプレゼンも新聞記事も、「形」の基本になんら違いはないのだ。

私が記者の原稿をチェックするデスク(次長)になってから、担当記者に大型サイド記事の執筆を発注する場合に、必ずこう聞くようにしていた。

「一言でいうと、どういう話になるのかな?」

伝えたいことがしっかり定まっている記者は、サイド記事の内容を簡潔に説明することができる。見出しをどう付けるかまで、はっきりとデスクがイメージできるのだ。

そこが曖昧な記者は「○○社の専務は××と言って、経済産業省の局長は▲▲で」などと延々、説明し始めることになる。問題は記者が「何を取材したのか」ではなく「何を伝えるのか」なのだ。

ジャーナリストの沢木耕太郎が池田勇人首相の「所得倍増計画」の舞台裏を描いた『危機の宰相』にこんな文章がある。

「この3人が共有することになる、日本経済への底抜けのオプティミズムは、彼らが共に一度は自分自身の死を間近に見たことがあるということを考えるとき、ある種の『淒味』すら感じさせられる。もし彼らのひとりが人生の『ルーザー』でなかったら……。歴史に『もし』は無用だと知りながら、その仮定にあえて答えてみたくなる。おそらく3人は邂逅することもなく、だから『所属倍増』が生を受けることもなかったろう、と」

沢木は、池田首相とブレーンたちが、日本の経済成長は戦後復興にすぎず、長続きはしないという学者やマスメディアの批判を乗り越え、「所得倍増計画」を打ち出し、日本経済を高度成長へと導いた背景を描く。首相の池田、そして知恵袋として池田を支えたエコノミストの下村治と宏池会事務局長の田村敏雄の3人に焦点を当てている。そして3人は、いずれもエリート街道に乗れなかった大蔵官僚で、死を覚悟する病魔に苦しんだ共通点があることを見出し、所得倍増についての壮大なサイドストーリーを描き出しているのだ。

この文章には、沢木の書きたいテーマが凝縮されている。書きたいことの目線が、しっかりと定まり、よけいなものをそぎ落とし、突き詰めたからこそ生まれる、珠玉の文章だ。

そして、この文章で示された視点は、一冊の本の中でしっかりと貫かれている。

結論や視点を定め、伝えたいことをしっかりと絞り込むことの必要性は、サイドの延長ともいえる一冊の本であっても不可欠だ。「伝える」ことと「伝わる」ことの間には大きな違いがあるのだ。

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