「俺はね、5人潰して役員になったんだよ」…部下を平気でどんどんつぶすクラッシャー上司
2017年01月30日 公開 2024年12月16日 更新
※本稿はPHP新書『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』より一部を抜粋編集したものです。
上場企業の役員のうち数人は「クラッシャー上司」かもしれない
今から15年ほど前のこと。
さまざまな組織でメンタルヘルス不全の治療・予防システム構築に取り組んでいた私たちは、とある大手の広告代理店に招かれた。その会社の経営幹部が言うには、働きすぎで心を病む社員の問題に悩んでいるとのこと。そこで抜本的解決策を共に考えてもらいたいと、産業精神医学を専門とする私たちが呼ばれたのである。
ところが、対策チームを組んで同社に赴くと、ちっとも歓迎されている感じがしない。声をかけてくれた経営幹部以外の、お偉いさん方の顔つきが険しいのだ。話がまったく生産的な方へ向かわず、それどころか常務からこんなことを言われてしまった。
「メンタルなんてやめてくれよ」
にわかに意味が取れないでいると、常務は続けてこう言った。
「俺はね、5人潰して役員になったんだよ」
そして、私たちはこう告げられた。
「先生方にメンタルヘルスがどうの、ワークライフバランスがどうのなんてやられると、うちの競争力が落ちるんだ。会社のためにならない。帰ってくれ」
あまりにもはっきり拒まれて、あ然とするばかりだったが、考えてみればずいぶんな扱いを受けたものだ。「ああいう会社は長続きしないね」とこぼしながら帰った。
私の中で「クラッシャー」の概念が生まれたのは、あの出来事からだった。
昨今、人事部を中心に、「クラッシャー上司」という言葉が使われるようになってきている。
命名者は、元・東京慈恵会医科大学精神科教授の牛島定信先生と、牛島先生のもとで学んでいた私なのだが、当初、私たちはそうした存在のことを「潰し屋」と呼んでいた。
大手広告代理店の常務が口にした「5人潰して役員になったんだよ」というフレーズが耳から離れず、私は「潰し屋問題」について研究するようになった。研究を進めれば進めるほど、この問題は広く一般に知られたほうがいいという思いが強まり、私は「潰し屋」をより目に留まりやすい「クラッシャー」という名称に置き換えた。一挙に広がる流行語とはならなかったが、徐々に「うちにもいる」「自分の上司がまさにそうだ」「いま社内問題になっている」などの声を耳にするようになった。
私が精神科産業医として契約している会社からも、特定の「クラッシャー上司」の相談を持ちかけられることが増えたし、ビジネスパーソン相手の講演でこの問題を取り上げると、聴衆が非常に真剣に話を聞いてくれる。それだけ多くの職場で問題になっているのである。
では、「クラッシャー上司」とは、どんな人間のことを指すのか。
いくつかの角度から説明可能だが、ごくわかりやすい定義としては、次の一文で言い表すことができる。
《部下を精神的に潰しながら、どんどん出世していく人》
「クラッシャー上司」は、基本的に能力があって、仕事ができる。しかし、部下をときには奴隷のように扱い、失敗するとネチネチ責め続け、結果的に潰していく。
部下は心を病んで脱落していくが、「クラッシャー上司」自身の業績は社内でもトップクラスであることがほとんどだ。だから、会社が問題性に気づいてもその者を処分することができない。次々と部下を潰しながら、どんどん出世してしまう。
そんな「クラッシャー上司」はどの程度の規模で存在するのか。きちんと調査した統計はないし、業界や職場によってその程度は違う。
ただ、多くの会社、組織のメンタルヘルスを見てきた者の経験知として、一部上場企業の役員のうち数人は「クラッシャー上司」がいる、と言うことはできるだろう。
人事の方々と話をしてみても、おおよそその程度には存在している。中小のワンマン企業の場合は、経営者自身がクラッシャーであることも少なくない。そして、そのうちの少なからずが、いわゆるブラック企業に相当する会社だろう。
クラッシャー上司の諸問題は、日本に特徴的なものである。
「働き方改革」が叫ばれ、日本社会が大きく変わろうとしている今、これまで見逃されてきたハラスメントが可視化されてきたのだともいえる。
問題上司に悩まされている会社員の方はもちろん、管理職の方、経営者も、この問題の深層を知ってほしい。
そして、クラッシャー上司を正しく裁ける、組織作り、社風作りに取り掛かっていただきたい。