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渡部昇一の知的執筆術~物を書くために心がけたい技術

2017年07月19日 公開 2024年12月16日 更新

渡部昇一の知的執筆術~物を書くために心がけたい技術

PHP新書『知的人生のための考え方』は、知の巨人・渡部昇一氏が遺した多数の名著から、思索のエッセンスを抽出。『渡部昇一の人生観・歴史観を高める事典』『わたしの人生観・歴史観』を追悼復刊したものです。著者一流の知的生活への具体的なノウハウから、透徹した独特の歴史への視座まで、渡部人生学・歴史学の集大成といえる一冊です。本記事は、その一部を抜粋編集してお届けするものです。

 

まず、書き始めることが大切

論文や随筆を書いたりといった能動的な知的生活を送る時のコツとは何でしょうか。これからの時代は、ブログなどで、自分の意見を表明できる場も増えてくるでしょうから、知的生産の技術といったものも、知っておくと便利でしょう。

物を書く時の究極のコツは、ともかくも書き始めるということです。私は、卒論や修論の指導にあたって、学生に、

「構想が構想であるうちは論文でも何でもなく、一応の構想やら書いてみたいことが浮かんだら書き始めてみなさい。書き出す前の構想などは、実際は一枚目を書いたとたんに飛び散ってしまうこともよくあることで、そういうことにめげずに、疑問が生じたらチェックし、最初正しいと思ったことが間違いだったら書き直すといったふうにして、毎日、何時間か機械的に取り組むようにしなさい」

と言っています。

このことについて、カール・ヒルティは『幸福論』の中で「仕事の上手な仕方」として次のように述べています。少し長い引用になりますが、知的生産について見事に解説していますので、そのままご紹介します。

「まず何よりも肝心なのは、思いきってやり始めることである。仕事の机にすわって、心を仕事に向けるという決心が、結局一番むずかしいことなのだ。一度ペンをとって最初の一線を引くか、あるいは鍬を握って一打ちするかすれば、それでもう事柄はずっと容易になっているのである。ところが、ある人たちは、始めるのにいつも何かが足りなくて、ただ準備ばかりして(そのうしろには彼等の怠惰が隠れているのだが)、なかなか仕事にかからない。そしていよいよ必要に迫られると、今度は時間の不足から焦躁感におちいり、精神的だけでなく、ときには肉体的にさえ発熱して、それがまた仕事の妨げになるのである。

また他の人たちは、特別な感興のわくのを待つが、しかし感興は、仕事に伴って0 0 0 、またその最中に、最もわきやすいものなのだ。仕事は、それをやっているうちに、まえもって考えたのとは違ったものになってくるのが普通であり、また休息している時には、働いている最中のように充実した、ときにはまったく種類の違った着想を得るということはない。これは(少なくとも著者にとっては)一つの経験的事実である。だから、大切なのは、事をのばさないこと、また、からだの調子や、気の向かないことなどをすぐに口実にしたりせずに、毎日一定の適当な時間を仕事にささげることである。……よく働くには、元気と感興とがなくなったら、それ以上しいて働き続けないことが大切である。もっとも、最初はあまり感興がわかなくても始めねばならぬ─そうしなければ、巓から始めようがない─、……精神的な仕事はほとんどすべてが、最初はただその輪郭がつかめるだけであり、二度目に手がけて初めてその細部が見えてきて、これに対する理解も一層明白になり、精密になるのが常である。だから、本当の勤勉は、現代のある有名な著述家が言ったように『ただ休む暇なく働き続けることではなく、頭の中の原型を目に見える形に完全に表現しようという熱望をもって仕事に没頭することである。……』

一度、この、仕事に没頭するという本当の勤勉を知れば、ひとの精神は、働き続けてやまないものである。そしてしばしば、このような(あまり長すぎない)休息ののちに、知らぬ間に仕事がはかどっているのを見るのは、まったく不思議である。すべてのものが、まるでひとりでのように明瞭になってきて、多くの難点は突然解決されたように見えてくる。最初頭にたくわえておいた思想はおのずから増大して、立体的なすがたをとり、表現力を得てきている。そして、新たに始める仕事は、今度はまるで、その休息の間にわれわれの力を借りずに自然に成熟したものを、骨折りなしに刈り入れるかのように思われることさえ珍しくない」(草間平作訳・岩波文庫)

これには解説の言葉をつけ加えることは不必要でしょう。ある人は、悠々と数巻、数十巻の著作を成すのに、それと劣らぬ才能を持っていそうに見え、しかも知的生産をすることを熱望しているのに、ほとんど何の成果も残し得ないでいる人も少なくないのは、おそらくはヒルティの言うような「仕事の上手な仕方」を実行しなかったからではないでしょうか。

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