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部下のモチベーションをどう引き出すか~松下幸之助に学ぶ

小笹芳央(リンクアンドモチベーション代表取締役)

2017年07月23日 公開 2024年12月16日 更新

部下のモチベーションをどう引き出すか~松下幸之助に学ぶ

ワーク・モチベーション(働く動機)が多様化する今、社員をいかにして一つに束ねるか。松下幸之助のエピソードをもとに、人材コンサルタンティング、モチベーション・マネジメントのプロがアドバイスする。
 

きみならできる!

昭和2年、松下電器が初めてアイロンの開発を手がけたときのことである。幸之助は若い技術者を呼んで言った。
「今、アイロンというものを2、3の会社がつくっているが、使ってみると非常に便利である。しかし、残念ながら価格が高く、せっかく便利なものなのに多くの人に使ってもらうことができない。そこで、わしは合理的な設計と量産によって、できるだけ安いアイロンをつくり、その恩恵にだれでもが浴せるようにしたい。今、師範学校を出て、小学校に勤めた先生は給料が安く、たいてい2階借りをして暮らしているが、そのような人でも買える価格にするためには、今4円から5円しているのを3円くらいに下げなければならない。それを松下でぜひやり遂げたいのだがどうだろうか」
技術者は、幸之助の熱意に感激した。すかさず幸之助は命じた。
「きみひとつ、このアイロンの開発を、ぜひ担当してくれたまえ」
ところがその技術者は、金属加工の経験はあるけれども、アイロンなど電熱関係についてはまったく何も知らない素人である。当然辞退した。
「これは私一人ではとても無理です」
それに対する幸之助の言葉は、力強く誠意に満ちていた。
「いや、できるよ。きみだったら必ずできる」
そのひと言で青年の心は動いた。なんとかできるような気がしてきた。
「こういう意義のある仕事です。及ばずながら精いっぱいやらせていただきます」
幸之助が願ったとおりの低価格で、便利なナショナルスーパーアイロンができあがったのは、それからわずか3カ月後であった。

リーダーにはときとして、部下が一歩前に歩みを進めるために、「安心」を与えてポンと背中を押してあげることが求められます。

働く人にとって、自分の能力や特徴を信じてもらえるのはとても嬉しいことです。

「きみならできる」は、殺し文句ぐらいの威力のある言葉といえるでしょう。

私自身も、30歳手前のときに、似たようなことを言っていただいた思い出があり、今でもはっきりと覚えています。

リクルート時代に、リーダー研修……といっても、管理職でもない一般企業で言うところの主任レベルの現場のリーダー向けの研修を受けていたときのことです。

ファシリテーターかアドバイザーのような形で研修の指導に入っていた、私より10歳ほど年上の部長が、私に対して「きみは僕のライバルだ」と言ってくれたのです。

その人は、当時の私と同じく採用や人事の業務を担っていました。そこで、過去にたくさんの成果を上げたことで、若くして部長になったという経歴の持ち主です。そのような人に、「きみは僕のライバルだ」と言ってもらったのです。そこには、「きみにはそれぐらいの器、適性があるのだから自信を持ってやりなさい」というメッセージが含まれていたのだと思います。

まだ30歳手前の若僧で主任クラスの研修を受けているだけの自分とその人とでは、立場も年齢も違いすぎるので、ライバルなどと呼べる関係ではないと思うのが普通でしょう。でも、私は嬉しかった。なんだかちょっと“その気”になったのです。

「自分の適性や能力、あるいは可能性をこの部長が認めてくれたのだ」ということを感じ、たいへん励みになったのです。

幸之助さんもこの部長も、「なぜその人(技術者)ができると思うのか?」という部分を、細かく説明したわけではありません。根拠や理屈を示すのではなく、ただ「きみならできる」「きみは僕のライバルだ」と短い言葉で伝えただけです。

しかし、その若い技術者も私も、それだけで十分でした。そういう伝え方もあるのです。

幸之助さんは、安いアイロンという“モノ”に留まらず、その上位目的である「アイロンが普及して誰もがその恩恵を受けられる世の中にする」という“コト”の部分、つまり“意義”と“目標”をしっかり伝えた上で、技術者に開発を指示し、「きみならできる」と背中を押しました。

意義を語る幸之助さんの熱意に感激した技術者にとって、幸之助さんが言ってくれた「きみならできる」という言葉は、「そうだ、俺ならできる」という無条件の自信がわいてくる最強の殺し文句だったことでしょう。

さらに、私の場合はもう一つ、「もっと高い視点から部門全体のことを考える人になれ」というメッセージも込められていたように思っています。

その当時の私は「自分のチームの成果を絶対に上げてやるぞ!」という考えでいっぱいでしたが、その部長からすると、チームなど10個も20個もあるわけです。そこで「狭い視野で凝り固まるんじゃないぞ。僕と同じような視点から、部門全体のことを考えるようになれよ」ということを、「ライバル」という表現を使って教えてくれたのではないかとも思うのです。

ちなみにその部長は現在、当社の監査役をしてくださっていて、今でもご縁を続けていただいています。

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