孫正義は時代の波をいかにとらえるか~元参謀が明かす「松下幸之助と共通する思考法」
2017年10月22日 公開 2024年12月16日 更新
ヤフーやアリババといった有望ベンチャー企業を発掘し、ボーダフォンやアームへの巨額投資を敢行するなど、卓越した経営手腕で次々に構想を実現させ、情報通信革命を牽引し続けているソフトバンクの孫正義社長。その先見性とは、どのように生み出されているのか。そして今、とらえようとしている「新しい波」とは何か。松下政経塾で学び、「参謀」として孫氏と行動をともにした嶋聡氏が、松下幸之助との共通点を考察しつつ、孫流経営の要諦を語る。
取材・構成:江森 孝 写真撮影:永井 浩
松下幸之助と通じる人間観
来たるIoT時代のカギを握るのが、ロボットであり、AI(人工知能)です。ただ、「シンギュラリティ」(技術的特異点)といわれるように、AIが進みすぎて人間の頭脳を超えることで起こる出来事の中には、人間を不幸にすることもあるのではないかとも懸念されています。
ところが、孫社長は全くそうは考えていません。人間は社会の不幸を減殺し、幸福をもたらすようにAIを開発していくはずだという、人間への絶対的な信頼感を抱いているのです。
これは、松下幸之助が唱えた「人間は万物の王者である」という人間観に通じるものがあります。私が松下政経塾に入塾した時、松下幸之助塾長に、主張されていた国土創成プランに関して「環境問題はどう考えるのですか」と尋ねたことがありました。すると、塾長の答えは、「自然を超える自然を人間の力でつくればええんや」というものでした。孫社長の「AIを超える叡智を人間が身につければいいのだ」という考えは、これと重なるところがあると思います。
そもそも、孫社長は松下幸之助を非常に尊敬しています。「実は、松下政経塾に入ろうとしたことがある」と私に打ち明けていましたし、ソフトバンク創業当時、車を走らせながら松下幸之助の『経営百話』のテープを擦り切れるまで聞いていたそうです。
単なる未来の予測ではなく、むしろ未来を創造していく
かつて松下幸之助が「21世紀はアジアの時代だ」と言ったように、孫社長も2000年の正月に社員たちを前に「アジアを制する者が世界を制する」と訴えていました。経済評論家たちも「これから中国経済が伸びる」と言ってはいたものの、中国のGDPは日本の3分の1程度で、中国のベンチャー企業への投資には、まだ躊躇される傾向があった頃です。
そんな中で、孫社長はすぐさま行動を起こしました。松下幸之助が説いたように、とらわれない「素直な心」で物事の実相をみての行動といえるでしょう。孫社長は中国へ行き、将来性のある20社のIT起業家たちに1人10分間ずつ会いました。
その中にいたのが、中国の電子商取引大手となるアリババの創業者ジャック・マー氏です。孫社長はマー氏の話を六分間だけ聞いて、20億円の出資を決めたことから、この面談は「伝説の6分間」としてよく知られています。それから急成長を遂げたアリババは、2014年にニューヨーク証券取引所に上場した際、時価総額25兆円になり、筆頭株主のソフトバンクが持つ株の含み益は約8兆円、投資額の4000倍となりました。
この投資の決断の理由として、報道では「マー氏が野獣の目をしていた」などと伝えられていますが、それは事実と異なります。孫社長自身、のちに「徹底した計算をもとに未来を見ていたから、迅速で確固とした決断ができた」と語っています。また、もう1つの理由は、かつてマー氏が学生運動のリーダーとして20万人の学生を率いていたことでした。
私はソフトバンクの社長室長時代、投資を望む経営者には、孫社長の前に会っていましたが、その際、孫社長からチェックポイントをいくつか指示されました。まず、そのビジネスモデルが世界ナンバーワンになれるか。次にソフトバンクと組むことで、それをスピード感を持って一躍世界に広げることができるか。そして最後に、その経営者の率いる組織がチームとしてすぐれているかでした。
ベンチャーからビッグビジネスに転化するには、トップの実力だけでなく、チームとしての力が重要になってきます。組織が困難に直面した時に、メンバーが覚悟を持って事にあたれなければ、そこまでだからです。なにがなんでもやり切り、活路をひらける強いチームがつくれるかどうかを、孫社長は重視しているのです。
松下幸之助は、先の見えない時代の経営者が持つべき心構えを「単に未来を予測するのでなく、むしろ未来を創造していく」ことだと語っています。時代の流れを読むのはもちろん重要ですが、単にそれにとどまらず、みずからの意志と行動力で未来をつくり出す。それこそが最良の先見力なのです。孫社長の経営哲学は、まさにその実践であるといえるでしょう。
※本記事はマネジメント誌『衆知』特集「先見力を磨く」より、その一部を抜粋編集したものです。