1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 日本文化圏と日本精神圏の誕生

社会

日本文化圏と日本精神圏の誕生

日下公人(評論家/日本財団特別顧問)

2018年04月05日 公開 2022年10月13日 更新

日本文化圏と日本精神圏の誕生


 

日本社会はグローバルな要素を内包している

帝国主義の時代を完全に終わらせるのは日本しかない……と世界はすでに気づいている。当の日本も程なく気がつくだろう。

それは日本の地霊が動くときかもしれない。

安倍首相が身につけている成蹊大学の精神――桃李もの言わざれど、下自ずから蹊を成す(徳望のある人のもとへは自然に人が集まる)――は、帝国主義とは反対の考えで、すでに世界を動かしている。

この実例を挙げれば、日本では相変わらず軽自動車がよく売れているが、マスメディアの解説は、台数は売れているが、価格が安いので売り上げ増につながらないし、利益も出ないという暗い話になっている。

だが、アメリカでの解説は違う。「日本はまた自動車の新しいグローバル・スタンダードを打ち出した」と解説する。「また」というのは、その昔、日本製の小型乗用車がフォードやシボレーのアメ車に勝ったことを指している。自動車はアメリカでは長く成功を示す「ステータス・シンボル」だったが、日本人はそれを「可愛いサンダル」にしたという思想革命に敗北した思いと、軽自動車はこれから全世界に普及するだろうという予感を、〝グローバル・スタンダード〞という大袈裟な言葉で言っている。

なるほど世界の都市の多くの生活道路は狭く、住民は低所得層なのだから、軽自動車にならないはずがない。スズキやダイハツの開発者は「たんに日本の消費者に喜ばれるものをつくっただけだ」と言うと思うが、それがそのままグローバル化する。このことは、日本社会はグローバルな要素を内包しているとも言えるし、それをアメリカから指摘されるとは、「現場で勝って、思想で負けている」とも言える。

たしかに日本のエリート層は脆弱である。たぶんアメリカ式のグローバリズム礼賛教育の勝者が言論界の上層部を占めているからだろう。だから、この問題を彼らが議論すると、対策は論理的思考力や英語力の育成になるが、それを超えるものに思い至らない。

それは感性である。日本発の世界的な大ヒットアニメ「ポケモン」は、アメリカでもブームが続いている。ピカチューは言語を使わない。「ピカチュー」としか言わないが、そのイントネーションで共感や主張が相手に通じている。日本的なハート・トゥ・ハートのコミュニケーションの存在をアメリカの子供は見事にわかったのである。いまやピカチューに惹かれた子供たちが成人に達している。訴訟万能社会に変化の兆しが現れたアメリカの日本化の一因がこんなところにあるのではないか。
 

蹊は少しずつだが着実に大きな道に

ヘーゲルがベルリン大学で5回にわたって講義した「世界史の哲学」(『歴史哲学講義』上下、長谷川宏訳、岩波文庫)によると、ギリシャもローマもその精神によって発展し、次にその精神は周辺諸国に普及して本国の発展を支え、さらに本国が没落したあとも周辺諸国にはギリシャ文化圏やローマ文化圏としてその精神は残ったとある。

ヘーゲルは中国とインドの精神には否定的で、歴史に残る価値を認めていないが、周辺諸国に長く広く影響を及ぼし、領土の外に精神圏や文化圏を持っていたことは、ギリシャやローマに限らずインドや中国も同じである。

そうした現象に着目してサミエル・ハンチントンは、冷戦終了後、あるいは情報革命後の21世紀では国家主権の影が薄くなり、それに代わって言語と宗教と文化的遺産を共有する国々の団結が国際関係の主役に登場すると説いた。

そのとき日本はやがて世界の孤児となり、将来は中国の衛星国になる可能性もあるから、それを防ぐためには文化的類似性がある東アジア諸国に接近し、移民を受け入れて人口の減少を防ぐがよいと結んだ。ヘーゲルもハンチントンもそうだが、彼らはどうしてもヨーロッパの文明や精神が最高のものだと考えたいらしく、東洋の精神や日本の成功は素直に認めないのである。

ここで日本の周辺に日本文化圏や日本精神圏はあるのか、ないのかを考えてみると、よい精神には自ずと普遍性が生じるから、日本国内の日本精神が自壊しなければ、いずれは日本の精神を見習う日本精神圏が周辺に形成される。

「桃李もの言わざれど、下自ずから蹊を成す」である。

台湾の李登輝元総統は「台湾では勤勉、公正、正直、清潔、協力などの美徳を総称して〝日本精神〞という」と教えてくれたが、同じ話はマレーシアでもインドネシアでもミャンマーでも聞くことができる。

日本は「文明国」に至る「西欧とは別の道」を切り開いた。そして、蹊だったそれは、少しずつだが着実に大きな道となってきている。
 

※本記事は日下公人著『絶対、世界が「日本化」する15の理由』より一部を抜粋編集したものです。

関連記事

×