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「ありがとう」は相手への感謝の言葉ではない―失われる古来日本人の言葉と信仰

2018年05月01日 公開

金山秋男(明治大学法学部教授)

金山秋男(明治大学法学部教授)

 

航空用語ならば機能性優先、しかし言葉は単なる道具ではない

言葉とは何のために存在しているのでしょうか?

言語の機能性を究極にまで高めているものとして航空用語が挙げられます。
今は英語が使用されていますが、人の命を預かるわけですから、徹底的に無駄を省き明瞭でなければなりません。

一方で、日本には言霊(ことだま)という信仰がありました。言葉には現実を変える力があるということが信じられてきました。

つまり、意図や意思を相手に伝える「道具」としてだけではない、もっと深く豊かな意味がありました。

ところが、現代ではその言葉の道具化が顕著で、家庭の会話ですら相手に意志を伝えるだけのものになってしまっていると思います。

そもそも日本人は特に、言語的に天才です。

古来、日本では中国伝来の漢文が主流でしたが、その漢字を音と訓をたくみに混ぜ合わせて、万葉仮名の方法で日本語を根本から崩すことなく取り入れてしまったのです。

さらには漢字を解体してひらがな、カタカナに。また、返り点、レ点を作り出して、日本流に読み下す方法まであみ出してしまう。

明治維新以降、西洋語が押し寄せる状況のなかで、やまと言葉を温存しながら西洋語をカタカナにして、よそ者として扱いつつすっかり日本語化してしまうという芸当までやってのけたのです。

本家の中国でも古い文字が読めなくなる中で、日本は言語の健全な維持体制ができあがっていると言えます。

ただ残念なことに、昨今のグローバリゼーションの波のなかで、言語の文化的な側面が失われ、道具化の傾向が顕著です。

「道具としての言葉」が発生したのは日本の歴史からみたらはるか後世のことで、明治維新以降のこの150年のことだと考えてよいと思います。

そこで日本語の源である「やまと言葉」の代表的なものから、その日本人の魂の古層を考えてみたいと思います。

(次ページ:明治時代に復活した「ありがとう」は真の意味を忘れてしまった)

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