『貞観政要』に学ぶ リーダーの意思決定
2018年06月04日 公開 2022年12月08日 更新
意思決定に不可欠な「3つの鏡」
優れたリーダーにもっとも必要なのは正しい意思決定ができる能力です。
リーダーの意思決定は、世の中や人の生き方に大きな影響を与えます。組織で何かが決まったのに、実行されないことはまずありません。
拙著『教養が身につく最強の読書』(PHP文庫)では、正しい意思決定を行えるよう自らを磨くための様々な本を紹介していますが、その中で1冊だけオススメするとすれば、『貞観政要 上・下』をおいてほかにはありません。
『貞観政要』は、唐の第2代皇帝、太宗李世民の言行録です。「太宗」とは、太祖(創業者)に次ぐ功績のあった皇帝に与えられる廟号(死去した後に贈られ、廟に載せられる尊号)です。
この本は、リーダーシップ論としては、書店に並んでいる並のビジネス書100冊に優に匹敵する内容を持っています。
僕が初めて複数の部下を持った30歳前後の頃、『新釈漢文大系 貞観政要』が刊行されました。歴史好きの僕は、『貞観政要』がどんな本で何が書いてあるかは大体知っていましたが、完訳が出たと聞いて早速購入して読み始めました。訳注も簡潔かつ必要十分で、とても面白くて夢中になって読み込んだことを覚えています。
管理者になりたてのほやほやの僕は、先輩に勧められるままに管理者心得の類のビジネス書を何冊か読んでいましたが、そのどれもが薄っぺらく感じられるほど、『貞観政要』は僕にいろいろなことを教えてくれました。
その中に、意思決定にとって欠かせない「三鏡」という考え方があります。これは僕自身が座右の銘にしているものです。『座右の書「貞観政要」』(KADOKAWA)という拙著も出版しています。まずは書き下し文で読んでみてください。
「太宗、嘗て侍臣に謂ひて曰わく、
夫れ銅を以て鏡と為せば、以て衣冠を正す可べ し。
古を以て鏡と為せば、以て興替を知る可し。
人を以て鏡と為せば、以て得失を明らかにす可し。
朕常に此の三鏡を保ち、以て己が過ちを防ぐ」
(巻第二 任賢第三 第三章)
第1の「銅の鏡」とは、普通の鏡のことです。普通の鏡で「衣冠を正す」。僕なりに言い換えれば、普通の鏡で自分の顔や姿を見て、元気で明るく楽しい表情をしていることを日々チェックすべし、ということになります。
仕事ではいつ、何が起こるか予測できません。重要な意思決定を迫られる立場の人ほど、常に心身ともスピードと集中力を発揮できるベストの状態でいることが求められます。
そう考えると、意思決定でまず大事なことは、いつでも集中して考えられるように自分のコンディションを整えておくことであり、なかでも健康状態の管理は必須の条件です。
次に、労働環境を決定するのはほぼ100%は上司ですから、上司が元気で明るく楽しい表情をしていない職場は空気がよどんでしまい、部下が伸び伸びと働くことができなくなるのです。
第2の鏡は、「古を以て鏡と為」すのですから、「歴史の鏡」です。歴史の鏡を見れば、時代の大きな流れを知ることができる。逆にいえば、過去の出来事しか将来を予想する教材はないのですから、歴史を学ぶことが重要なのです。
過去に学ぶことの重要性は、いろいろなケースを知ることです。ケースを知っていれば、意思決定はその中から最適なものを選択する、あるいは類推するだけになります。過去の事例を知らない状態で、いつ、どのようなことが起こるかわからない状況にはなかなか対処できません。たくさんのケースを知っているからこそ、リーダーは新しい課題に素早い対応ができるのです。
第3の鏡は「人間の鏡」、つまり自分の周囲にいる部下や同僚、スタッフのことです。彼ら、彼女らがいるから、自分が正しい道を進んでいるかどうかがわかる。
要は「王様は裸だよ」と直言してくれる同僚を持てということです。正しい意思決定をするには、部下の厳しい直言や諫言に耳を傾け、受け入れる必要があるということです。
これら3つの鏡─「今の自分の表情(状況)」「歴史」「第三者の厳しい意見」─を知ることが、ビジネスパーソンの意思決定には不可欠なのです。