温泉好きな日本人と、温泉・医薬神信仰のはじめ
生命力と豊穣の源である常世の国からやって来た小人神
日本人は温泉好きである。そのきっかけを作った神様といえるのが、日本神話の人気者の一人、スクナヒコナという常世の国からやって来た小人神である。中世の『日本霊異記(にほんりょういき)』に出てくる道場法師や『御伽草子』の一寸法師などの「小さい子」は、この神様がルーツとされる。
神話では、オオクニヌシがスクナヒコナと出会って国作りが開始される。オオクニヌシは大地の霊、スクナヒコナは小さい男の子(穀霊)という関係であり、2神は大小一対となって実りのある大地を整備し、生産のエネルギーを生み出すというのが国作り事業なのである。
『日本書紀』では、粟(あわ)の茎にはじかれて、常世の国に帰ったとされていることから、粟粒(雑穀)の神格化された穀霊と考えられている。そこから、スクナビコナの霊力の源は、豊穣の源である常世の国であることがわかる。
『日本書紀』や『古語拾遺(こごしゅうい)』には、この神様が国土開発や農業技術の普及を進め、生命力と医療や禁厭(きんえん)の法を定めたと伝えている。さらに、『出雲国風土記』『播磨国風土記』『伊予国風土記』などには、人や家畜の病気治療の法を定めたり、薬効のある温泉開発、酒造り技術の普及などを行なったとされている。
スクナヒコナは、農耕の起源とも結びつき、創造的な力を発揮する神様である。その力の源は、常世の国から来た豊穣神という性格、つまり、具体的なイメージでいえば、小さな穀物の種子の旺盛な生命力と、それによってもたらされる実りという霊的な力にある。
スクナヒコナの発揮する旺盛な生命力は、医薬から温泉・酒造にも及ぶ。温泉は「常世より来たる水」といわれ、古くから湯治により病状回復、健康増進に効ありとされた。また、酒は古来、神様の飲み物であり、「酒は百薬の長」といわれるように、酒の消毒力や肉体を興奮させて生命力を高める働きは、薬効として大変重視された。
医薬神としてスクナヒコナを祀る代表的な神社に、大阪市中央区道修町(どしょうまち)の少彦名(すくなひこな)神社がある。安永9年(1780)、道修町薬種仲買仲間が、当時全盛だった漢方の守護神である中国の薬祖神の神農氏(しんのうし)と、日本の薬祖神のスクナヒコナを合わせ祀ったのが創祀で、通称・神農さんと呼ばれて健康の神様、医薬の神様として崇敬を集めている。