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縄文人は温泉に入っていたのか? 日本人と温泉の出会いを探る

2018年07月13日 公開

石川理夫(いしかわ・みちお)

温泉との出会いの始まりの可能性

(写真:中世から存続する箱根「姥子<うばこ>の湯」の天然湯つぼ)

 

温泉の周囲に縄文遺跡がある例は多いが、入浴を断定もできない

日本列島に住み着いた人々がいつ頃から温泉を利用していたのか、前史を正確につかむことは考古学上の確実な物証が得られないかぎり難しい。

とはいえ、長いスパンを持つ縄文時代から人々は温泉の恵みにあずかっていたのではないか、と推測することは可能だろう。

温泉が地上に湧き出るには、熱源、地下水、地上への通路という3条件を必要とする。

火山列島で断層を無数に刻み、地下水のもととなる天水(雨雪)の年間降水量が多い日本は条件を十分備えている。

しかも火山性の温泉、特色際立つ多彩な泉質と摂氏42度以上の高温泉が多い。卓越した温泉資源状況がこうした推測の前提となる。

狩猟採集活動や交易を通じて生活行動範囲が広かったと言われる縄文時代の人々が、温泉と出会う機会は少なくなかったはずである。

考古学者の藤森栄一が、温泉が豊かな長野県諏訪湖東岸の発掘調査で縄文前期の土器が出土した層から縄文人も「湯に入っていた」(藤森栄一『縄文の世界』)と思わせる「湯アカがいっぱい」の岩石類を見つけた、と報告したことは知られる。

「地下五・五メートルの真っ黒な有機上層で、大石がごろごろと、ほぼ環状にならんだところがあった。硫化物の臭いが鼻をうった。硫黄質の湯が湧いていたことは確実」(『藤森栄一全集』)とも述べている。

大いにあり得るが、留保すべき点もある。藤森栄一は別の本に、「湯アカがいっぱい」の岩石類を見つけたのは「スクモ層下」とも書いている。

スクモ層は有機物の腐植質を含む泥炭層である。泥炭層は嫌気性の環境にあり、硫酸塩還元菌によって硫化水素を含む硫化物を生成しやすい。

したがって「硫化物の臭い」も「湯アカ」状の成分もその生成物かもしれず、これだけで「硫黄質の湯が湧いていたことは確実」とは断定できない。

貴重な自然湧出時代の温泉分析を載せた明治19年(1886)刊の内務省衛生局編『日本鉱泉誌』は、発掘地の上諏訪温泉は硫化水素を多少含む含硫黄泉系と単純温泉、と記す。

そもそも総硫黄分が多い硫黄泉エリアではなく、今日では泉質は単純温泉となっている。

次に、「大石がごろごろと、ほぼ環状にならんだところ」から、後に豊臣秀吉が有馬温泉に築いた湯山(ゆのやま)御殿の石組み浴槽の類を想像したくなるが、これも早計だろう。

ヨーロッパの先住民ケルト人も入浴遺跡は残していない。湧き出た温泉は自然の湯だまりをつくり、大がかりな手を加えずとも温泉を利用できる。

むしろ環状の大石の配置は、縄文遺跡に見られる祭祀や墓地の跡かもしれないという推測も成り立つ。

このように古くから温泉が湧いていた温泉地周辺に縄文遺跡がある事例は少なくない。

ただし、温泉は渓谷や河畔など低地・窪地に湧出するが、縄文集落は土地の狭隘(きょうあい)さや増水、土石流などのリスクがなく、森林での狩猟や採集活動に向いた河岸段丘(かがんだんきゅう)や台地上など一般に高台に営まれ、立地的には区別される。

 

動物発見伝説とのかかわり

近年、温泉成分でも塩分(塩化ナトリウム)に着目し、温泉源(以下、泉源)と縄文遺跡に《有機的関連性がある》とする説も見られる。

生存に必要な塩分を求めて食塩泉(ナトリウム‐塩化物泉)の泉源に動物が集まるため、そこは格好の食物連鎖の場、人間にとって狩猟場となり、海辺から離れた内陸部に大規模集落が形成される一因となる、というのが論旨である。

事例には秋田県鹿角(かづの)市の大湯温泉と環状列石のある大湯遺跡も挙げられている。

温泉が今も一部自然湧出する大湯川から離れた左岸台地上に大湯遺跡もある。

温泉を利用しようと思えば、行動範囲が広かった縄文人にはさほど遠くなかっただろう。もっとも、大湯温泉の泉質は弱食塩泉で含有塩分量は多くないため、摂取効率は良くない。

動物が塩分などミネラル成分を求めて集まることは知られている。一例が群馬県野栗沢(のぐりさわ)温泉である。

摂氏約22度の含重曹‐食塩泉が湧く渓流にアオバトが集まり、摂取行動をする姿も記録・撮影されている。

塩分濃度は大湯のおよそ5倍。水場と同様にどの動物にも必要な場は、強い動物や個体が優先されつつ一種の棲み分けがはかられて、持続的に利用される。

そうした泉源地を人間が狩猟のターゲットにしたら、おそらく短期間にして動物は遠ざかってしまう。

縄文集落の立地・形成の要因として、動物狩猟目的という視点から長いスパンで温泉源との間に有機的関連性を見いだすことは難しいのではないか。

また、動物の温泉利用は飲泉・成分摂取行動だけではない。泉源に集まる、あるいは生息する昆虫類や魚を食料にする餌場利用もある。

世界共通の動物発見伝説が示すのは、傷や虫さされ、寄生虫の排除、皮膚病などを癒すために動物が泉源を見つけて集まり、湯水を浴びたり、温泉泥をこすりつけるなどの利用行動をとるというものだった。

摂取成分ひとつとっても食塩泉とかぎらないので、利用対象の温泉の泉質はさらに拡がる。

動物発見伝説と温泉の泉質に着目した論考は、西川義方など戦前から知られる。

それらをふまえて中央温泉研究所の甘露寺泰雄は、動物の種類別に登場する温泉の本来に近い泉質を調べた(「動物の発見伝説に係る温泉の泉質」)。

最も多いのは塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉を包括した塩類泉で半数以上を占め、次に含硫黄泉、単純温泉、放射能泉、炭酸泉の順であった。

塩化物泉をはじめ塩類泉が中心になるのは、日本の泉質統計に占める割合からいっても当然だが、動物と温泉のかかわりには硫黄泉、炭酸泉といった特殊成分を含む泉質も無視できないことがうかがえよう。

日本の温泉利用の黎明期の探求は、端緒についたばかりなのである。

 

※本記事は石川理夫著『温泉の日本史』(中公新書)より一部抜粋・編集したものです。


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