ブームの兆し「利他思考」 世界的イノベーションは「他人のための行動」から生まれる
2018年08月20日 公開 2018年12月20日 更新
<<「自分でなく、他人のために」「他人を応援しよう」。そんな「利他思考」をメッセージとして発信する著名人が目立つようになってきた。
それには理由がある。昨今、大きなイノベーションを生み出すためには、自分のためだけでなく、他人のために行動することが必須という考えが広がっているからだ。
当たり前のようでいて、なかなか意識できない「利他思考」。本稿では、ビジネス作家のポール・スローンが、利他思考から世界を救うイノベーションを起こした3人のイノベーターを紹介する。>>
(本稿は、ポール・スローン著『いつもの仕事と日常が5分で輝く すごいイノベーター70人のアイデア』(TAC出版)より、一部を抜粋編集したものです)
貧困撲滅を掲げた少額融資の創始者、ムハマド・ユヌス
ムハマド・ユヌスはバングラデシュのある村で、金細工職人の息子として生まれた。
貧しい村人たちの援助にいつも熱心だった母親に大きな影響を受けたユヌスは、成長するにしたがって、貧困を撲滅したいと思うようになった。
ダッカ大学で経済学を学んだのち、国の経済局で研究助手を務め、その後は大学講師になる。1965年に奨学金を得てアメリカの大学に留学すると、経済学博士号を取得した。
アメリカで講師を務めた後はバングラデシュに戻り、チッタゴン大学の経済学部長に就任した。
1974年、ユヌスは学生を連れて貧しい村へ実地調査に赴いた折、竹細工で椅子をつくる女性に出会った。
当時、材料の竹を買うには20アメリカセント相当が必要であり、彼女は地元の貸金業者に金を借りていたが、法外な金利の返済に追われて、貧困から抜け出すことができずにいた。
ユヌスは実験的に、かごを編む42人の女性グループに自分の所持金から27ドルを貸してみた。
その結果、それほどの少額によっても、もたらされた影響は大きく、そのグループは小さな事業を始められて、ついには借りた金を返済できたのである。
1983年、ユヌスは銀行や政府から無謀だという批判や妨害を受けながらも、貧しい起業家への少額融資(マイクロクレジット) を目的とするグラミン銀行を創設したが、反資本主義の過激派や保守的なイスラム教導師から強い反発を受けた。
それでもこの銀行を頼る人は後を絶たず、何百万件もの少額融資が行われた。
グラミン銀行は「連帯グループ」という画期的な制度を始めたが、これは融資を申し込んだ人たちがそれぞれ共同保証人も務めるというものだった。
この変則的な制度により、人々は事業を始めて成功を収め、借金を返済することができたのだ。
バングラデシュでは、グラミン銀行の支店数は2500 を超え、8万の村で800万人以上の人々に少額融資が行われている。借り手は95%が女性で、未回収率は3%以下と、大方の市中銀行よりも良好だ。
成功を収めたグラミン銀行の少額融資のしくみは、世界100 カ国以上で参考にされている。
2006年、ユヌスは経済および社会の発展に対する貢献を称えられて、グラミン銀行とともにノーベル平和賞を受賞した。ノーベル賞を受賞したバングラデシュ人は、ユヌスが初めてだった。
ムハマド・ユヌスには、貧困者の力になりたいという強い願望があった。そこで自分の持つ経済学と財政の知識を生かして、資金のない起業家たちに少額の融資を行うという革新的なしくみを考えつく。
商売を始めて成功を望む女性たちに助力することから、貧困を解消する新たな方策を見つけたのだ。倫理観で、イノベーションを突き動かすことができるのである。
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目的意識を高く持つことでイノベーションを成し遂げたマリー・キュリー