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医者の家族は「抗がん剤」治療を受けるのか? 医師が明かした実際

長尾和宏(医学博士、医療法人裕和会理事長)

2019年04月15日 公開 2023年04月19日 更新

 

「世界的な標準治療だから」「訴えられないために」医者は治療する

医者は抗がん剤治療を自分でも受けるし、患者さんにも行う。

その一番の理由は、「エビデンスがある標準治療だから」という単純なことです。医学の教科書には、手術と抗がん剤治療と放射線治療ががんの3大治療として書かれています。

胃がんには胃がん治療のガイドラインがあり、大腸がんには大腸がん治療のガイドラインがあるというように、臓器別にがん治療のガイドラインがあります。

たとえば胃がんのガイドラインを見ると、ステージII以上の胃がんでは手術後に抗がん剤治療を行うことが勧められていますし、手術でがん細胞を取りきることができない進行した胃がんや再発がんに対しては抗がん剤治療が「第一に考慮されるべき治療法」と書かれているのです。

ただし、最近の抗がん剤の進歩によって腫瘍を縮小する効果は実現できるようになったが、抗がん剤治療によって完全に治癒することは困難である、ということも添えられています。

そして、抗がん剤治療が標準治療として認められているということは、なにも日本に限ったことではなく、世界的な傾向です。ただ日本では放射線治療が軽視されていることは大変残念です。

アメリカのガイドラインにも、やはり同じように書かれているのです。だから、抗がん剤治療を行うというのは、医者としてはごく当たり前のこと。

逆に推奨されている治療をせずに、もしも患者さんが亡くなったら? そして遺族から訴えられたら? おそらく訴えられた医者は裁判で責められるかもしれません。

患者さん自身が抗がん剤治療を断固拒否して「絶対に受けたくありません。結果に対して文句も言いません」と主張し、同意書にサインしたなら、「やらない」という選択肢もあるでしょうけれど、そうでない限りは、標準治療として推奨されている以上、やらなければ訴えられる可能性が頭に浮かぶ医者が多いと思います。

だから、医師は抗がん剤治療をすすめるのです。

実はそれほど医者も病院も「訴えられる」ということに敏感です。保身に走ってしまうのにも理由があり、弁護士が医療訴訟に力を入れて、急に件数が増えた時期があったからです。

当時はマスコミも、医者や病院を叩く記事をよく書いていました。その結果、患者側の医療不信がどんどん募っていった。だから「訴えられない」医療を行うためにも、標準治療にこだわることは医者にとって常識なのです。

ではなぜ、抗がん剤治療の「標準治療」が定まったのかというと、大規模な臨床試験で効果が認められて、エビデンスとなったからです。また、数十という臨床試験の結果を横断的に解析する「メタ解析」でも「有効」と認められたものもあります。

多くの臨床研究を経て、有効性が明らかになっている治療のみが標準治療になります。

いまは、「EBM:Evidence-Based Medicine」(根拠に基づいた医療)の時代です。つまり、科学論文に裏打ちされた医療でなければ認められない時代。昔のように医者の個人的な経験に基づく勘で治療法を決められる時代ではなくなりました。

標準治療やガイドラインがない時代は、たとえ同じステージの同じような胃がんでも、胃を全部切除する医者もいれば、半分残す医者もいたり、リンパ節郭せいの範囲についてもバラバラでした。

「それではいけないだろう」ということで、多くの患者さんの臨床研究結果を基に標準治療が確立され、それぞれのガイドラインができたのです。

ガイドラインにのっとった医療を行うということは、医者としての務め。多くの医者はそう思っています。

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