「紙1枚」にまとめる技術で、松下幸之助の「素直な心」を涵養する
2019年04月11日 公開 2024年12月16日 更新
トヨタ自動車勤務時代に学んだ、あらゆる資料を紙1枚にまとめる技術をもとに、思考整理や意思決定、コミュニケーションなどに応用できる「1枚」フレームワークを開発した浅田氏。そのメソッドで松下幸之助の教えである「素直な心」を涵養する方法を解説する。
聞き手:渡邊祐介(PHP研究所 経営理念研究本部 本部次長)
構成:坂田博史
写真撮影:長谷川博一
トヨタイズムと幸之助の哲学との違い
――トヨタ自動車に入社されてからは、どのような仕事に従事されたのですか。
浅田 トヨタに入社して、最初に配属されたのは、海外マーケティング部でした。モーターショーや世界陸上などのスポンサー事業を通じてトヨタのブランディング活動を行なう部署だったのですが、私の仕事は、それらの契約内容や金銭のやり取りなどをチェックすることでした。これが、本当につまらなくて、不満ばかりがたまりました。
そんな時に幸之助さんの『社員心得帖』(PHP研究所刊)を読むと、どんな仕事もやればやるほど味が出てくるものと書かれていました。やはり仕事のやりがいや意義は、みずから見出していくべきものなのだと納得し、3年間がんばりました。
4年目に、アメリカ・ロサンゼルスに当時あった米国トヨタに赴任することになり、アメリカでのマーケティング活動という仕事をする機会に恵まれます。ただ、これが予想以上にハードワークでした。
朝8時から夜10時までオフィスで働き、家に帰ってからも夜中まで仕事をするような生活で、3カ月で「これは自分には無理かもしれない」と思い始めます。それからもう3カ月粘ったものの、結局、「体が壊れました」と白旗を揚げました。任期は1年だったのですが、半年で帰国し、休職することになってしまいました。
この時の休職期間に読んだのが、『人生談義』(PHP研究所刊)です。事故に巻き込まれて海に落ち、死にかけたにもかかわらず、幸之助さんはそれを前向きにとらえ、生き残ったことに感謝し、自分は運が強いと考えます。
この事例を読んで、なるほど、こういう物事をポジティブにとらえる考え方もあるのかと感心するとともに、元気が湧いてきたのを覚えています。
一回休職してしまいましたが、もう一度がんばろうと、2009年になんとか職場復帰を果たしました。
2010年、自分がトヨタに在籍した中で一番大きなプロジェクトを任されます。それが、トヨタのホームページをつくり直すという仕事でした。
当時のトヨタは、アメリカでのリコール問題のさなかで、あちこちから叩かれていたのですが、それがなぜかと言えば、やはり対外的なコミュニケーションや情報発信がよくなかったからでしょう。ホームページもその一つということで、つくり直すことになったのです。
この一大プロジェクトは大成功をおさめ、企業サイトランキングにおいて全業界のホームページで1位という評価をもらいました。
――トヨタイズムと松下イズムの違いについては、どのように感じられたり、考えられたりしていますか。
浅田 ひと言で言うと、幸之助さんは「優しい」ですが、トヨタは「厳しい」ですね。トヨタは改善の文化なので、まず褒めません。がんばっても全然労いの言葉がないのです。
例えば、ホームページが全業界1位の評価をもらった時、役員に報告に行ったのですが、次のように言われました。
「これ日本一だよね。世界で1位を取らなきゃ意味ないよ」
トヨタ的な世界観で言うと、これが精一杯の褒め言葉で、これで満足するなよという激励なのです。「よくやった」といった労いの言葉があってもいいと思うのですが、一切ありませんでした。
幸之助さんも厳しかったようですが、たぶん労いの言葉はかけたのだろうなと思います。
トヨタの有名な言葉に、「なぜを5回繰り返す」があります。「なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ」と5回も追及されたら、普通は嫌な気持ちになりますよね。
一方、コーチングでは、「なぜ」と聞かずに、「何が起きたからこうなったのですか」というように、「WHY」ではなく、「WHAT」で聞くことを推奨しています。そのほうが、聞かれた人は起きた事実を話すことになりますので、追及されている感じがしないからです。
トヨタの人にこうした話をしても、全然響きません。「何を言っているの? 仕事だから、なぜを追及しなきゃいけないに決まっているだろう」と言われるのがおちです。
個人的には、もう少しハートフルでもいいのでは、と思う場面がトヨタで働いている時には少なからずありました。
幸之助さんは、相手をきちんと見て、相手に適したかかわり方をしていたと思うので、その点は大分違うのではないでしょうか。