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苦境のメガネスーパーを甦らせた実践哲学

星﨑尚彦(ビジョナリーホールディングス社長、メガネスーパー社長)

2019年05月27日 公開 2019年05月27日 更新

いきなり変えない。中途半端に声を聞かない

後述しますが、メガネスーパーの復活については、「業界の常識だった『レンズ0円』を廃し、接客重視の付加価値勝負に挑んだ事業戦略の大転換が要因」とよく指摘されます。ただ、私としては、最初からそうした戦略ありきだったわけではありません。

俗に再生請負人というと、自分のカラーをどんどん出して、スピーディかつドラスティックにビジネスを変えていく、といったイメージもあるでしょう。しかし、二十年間にわたり様々な企業で経営再建に携わった私の経験からすると、改革の要諦は「いきなり多くを変えない」ことに尽きるのです。

業界が違えば文化や慣習が違い、会社によって強み・弱みも異なります。したがって、いきなりいろいろなことに手を出すのではなく、まず2、3カ月程度は状況をよく見極めるようにしないと判断を誤り、業績回復どころか、さらなる悪化さえ招きかねません。私がメガネスーパーに来て真っ先に「天領」を設けたのも、みずから現場の最前線に立ち、実際のお客様の反応やスタッフの働きぶりをチェックしたかったからです。

よく「現場の声を聞く」と言いますね。確かに現場の声は経営にとって貴重な情報源なのですが、私の考えでは、うかつに耳を傾けると失敗しやすい。なぜなら、活気のない弱った現場からの声には、重要でない情報や、もっと言えば、個人の近視眼や知識不足などによる誤った情報も往々にして混じっているからです。もちろん、声の主には悪気などないのですが。

事実、メガネスーパーでは、10年ほど前に「レンズを0円にすればお客様が増える」「競合が検査料をタダにしているのに、うちだけが有料では戦えない」という声が現場から上がった時、経営側がそれに安易に乗ったわけです。値下げする前にやるべきことはないのか、われわれの本当の強みは何なのかを、徹底的に検証することもなく。結果、不毛な安売り競争に巻き込まれて利益を失い、赤字に転落してしまいました。

本社に人を集めれば、いろいろな声が上がってはくるでしょう。しかし、その真偽や、なぜそんな声が出るのかといった背景までは、現場=店舗に身を置かないと見極め切れません。本当は努力不足を棚に上げた言い訳や自己弁護かもしれないのに、オフィスで中途半端に話を聞くだけだと、つい鵜呑みにしてしまいかねないのです。

そこで私は、自分から「天領」に出向いて行なう「天領ミーティング」という現場会議を導入しました。週に2、3回、開店前と閉店後に、私と現場スタッフ全員で侃々諤々の議論を重ねる場です。すると、本社に上がってくる報告を聞くだけではつかめない、様々な問題点がリアルに見えてきました。そして接客の仕方から、店内のディスプレーや販促物のデザイン、店頭の幟をどこに立てれば効果的かといった細かい点まで、一つひとつを詰めて、具体的な改善策に落とし込んでいったのです。

自分たちの店はなぜ赤字なのか、どうすれば売上が増えるのか――ミーティングを通じ、私は思考停止に陥っていたスタッフ一人ひとりに、とことん「自分の頭で考え抜くこと」を求めました。私に託された使命は、一時的な業績回復ではありません。メガネスーパーを何十年先までも生き残り続ける強い企業に鍛え直すことこそが経営者としての責任であり、それを果たすためには、私が去っても組織が自律・自走できるように、みずから思考する文化を育てる必要があるのです。

だから、マネジメント側の人間は、「いいからやれ」みたいに、自分の成功体験を現場に押しつけることはやってはいけない。当社では、「いいからやれ」は絶対に禁句です。考える機会やモチベーションを奪うだけですからね。
 

※本稿は、マネジメント誌「衆知」2018年11・12月号特集「最強の現場力」より、一部を抜粋編集したものです。

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