76歳で再び挑んだ外食産業の現場革命~横川竟・高倉町珈琲会長
2019年05月09日 公開 2019年05月09日 更新
「気持ちの声」を聞ける人材を育て、新たな価値を創造する
ファミリーレストラン業界で頂点を極めた横川氏が、76歳で新たに創業した「高倉町珈琲」。居心地のよい空間と、美味しいコーヒーとパンケーキ、そして心のこもった接客で、ファンを急増させている。その経営の根本は、店長をはじめとする店舗スタッフのモチベーションを高めることによって、真のお客様満足を実現することにあると横川氏は語る。時代が求める現場重視の経営の真髄とは?
取材・構成:平出浩
写真撮影:長谷川博一
現場を本当に知る者だけが改善を実行できる
古い話ですが、すかいらーくの経営者時代、すかいらーくの1号店で傘袋をつくりました。雨天の時、傘を傘立てに差しておくのを不安に感じるお客様もいらっしゃるだろうと思って考案しました。これがおそらく、日本で最初の傘袋です。
これなら、手軽に店内で手元に置いておけます。傘袋は今、進化して、あちこちの飲食店やデパート、スーパーなどで使われています。
棒状の小さな袋に砂糖を入れるスティックシュガーも、砂糖のメーカーと一緒に考えました。
それまで喫茶店では、砂糖を入れた容器を各テーブルに置いていました。すかいらーくでもそうしていましたが、ある時、砂糖の中に塩が混じっていました。誰かがいたずらして、砂糖の容器の中に塩を入れたのです。
これはまずい、と思いました。もし毒でも入れられたら、大変なことになる。お客様の安全のために変えるべきだと考え、スティックシュガーに切り替えたのです。
当時、スティックシュガーひと袋あたり、砂糖が2~3円、袋は5~6円でした。中身よりも袋のほうが高かったのです。それでも、スティックシュガーに変えたのは、コストよりも大事なものがあると考えたからです。
今となっては笑い話のようですが、その頃、すかいらーくの名前が入ったスティックシュガーがあちこちのご家庭にあると話題になりました。というのは、すかいらーくに来てくれたお客様が、スティックシュガーを持ち帰ったからです。でも、お客様にスティックシュガーを持ち帰らないでくださいとは言わず、これは広告代と考えました。家庭に持ち帰ってもらって、すかいらーくのことを話題にしてもらえる。だから、宣伝してもらっていると考えたのです。
傘袋もスティックシュガーも、私たちが現場をしっかり見ていたから、考案できたことです。本部にいて、ふんぞり返っていても、思いつくことではなかったでしょう。