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「宗教は非科学的」では見えない“近い将来のコンピュータの姿"

2019年06月18日 公開

冨島佑允(とみしまゆうすけ)

 

宗教と科学が融合する

この世界がシミュレーションであるならば、死後の生もありうるということになります。死ぬ前の自我をコピーして再起動すれば、永遠の命が得られるからです。

そして、シミュレーションの実行者こそが我々の創造主、すなわち「神」ということになります。ただし、全知全能の神ではありません。高度な技術を持ってはいるものの生身の存在ですから、多神教が崇拝するような人間的な神々に近いと言えるでしょう。

日本古来の宗教である神道では、国造りの神であるイザナミが、火の神カグツチを生んだ際に負った火傷で死んでしまうなど、神でも子供を産んだり死んだりします。

そういう意味で、創造主は人間に近い存在と考えられていたのです。シミュレーション技術がもたらす新しい宗教観は、神道のそれに驚くほど似ています。

日本人は概ね無宗教だと言われますが、正月にはどんなに混んでいても初詣に行くし、厄年には厄払いをしてもらいます。令和の繁栄を祈って坂本八幡宮に詣でるのも然りです。

冷たい見方をすれば、これらの行為は非科学的といえるかもしれません。実際のところ、「科学と宗教」は完全な対立軸というイメージがあります。けれども「シミュレーション仮説」によれば、科学と宗教は表裏一体。私たちの生きる「現実」は、コンピューター・シミュレーションかもしれない。

私たちの人生がコンピューター・ゲームのようなものなら、心の中で願ったことがプレイヤー(シミュレーションの実行者)に届くこともあるかもしれません。初詣も非科学的とは言い切れなくなります。

日本人の先祖を敬う気持ちも同様です。亡くなった親族が、あの世から見守ってくれているという考えは、「現代の」科学的常識に照らし合わせると、非科学的と断罪されてしまいます。

けれども、この世界がシミュレーションであるならば、そうとも言えなくなるでしょう。ボストロム教授は、シミュレーション仮説を考慮すると、死後の生もありうると論文の中で述べています。

今までは、死後の世界や創造主について考えるのは宗教の専売特許でしたが、今後はそうではなくなります。そういったことを非科学的だと断定出来なくなり、科学的にもありうる話だと認めることにつながっていくのです。

現代人は、科学の恩恵を受けながらも神や死後の世界を信じるという矛盾を長らく放置してきました。けれども、それはもはや矛盾ではありません。そういった人間の姿を自然に受け入れるのがシミュレーション仮説です。

シンギュラリティのあとに世界を再現する「未来人」とは、私達の子孫に他なりません。シンギュラリティは人類の能力を拡張し、創造神のレベルにまで高めるのです。シンギュラリティの後に人類はポストヒューマンとなり世界を創造する。私達を待ち受けるのは、そのような驚くべき未来です。



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