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ロシアが北方四島を返還できなくなった「本当の事情」

2019年12月11日 公開

小泉悠(ロシア研究者・軍事アナリスト)

 

強硬姿勢を崩さないロシア

だが、その直後から、日本政府は立場を一変させ始めた。

プーチン大統領のウラジオストク発言があった翌9月13日、菅官房長官は「日ロ関係の発展を加速させたいとの強い気持ちの表れではないか」と発言。安倍首相自身も、プーチン発言は「平和条約締結への意欲の表れだと捉えている」と述べ、にわかに好意的な姿勢を示し始めたのである。

そして同年11月にシンガポールで行われた日露首脳会談後、安倍首相は「日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させることでプーチン大統領と合意した」ことを明らかにした。

あえて東京宣言以降の諸合意には触れず、日ソ共同宣言を基礎とするというこの発言は、「前提条件なしの平和条約締結」というロシア側の提案を受け入れたともとれる。

この結果、日本政府は北方四島全体の帰属を争わず、歯舞・色丹両島の引き渡しを以て領土問題の解決が図られるのではないかという「二島」論が大きく注目されるようになった。

しかし、日本側がこのような妥協を示してもなお、交渉の見通しは容易ではない。

すでに広く報じられているように、安倍首相の発言を受けたプーチン大統領は、日ソ共同宣言では「引き渡しの根拠や、どちらの主権になるのかは明記されておらず、引き渡しの用意があると述べているに過ぎない」として「真剣な検討が必要だ」と発言している。

2019年1月に実施された日露外相会談でも、ロシアのラヴロフ外相は北方領土が「第二次世界大戦の結果としてロシア領になった」という従来の原則的な立場を繰り返した上、「北方領土という呼称を用いることは受け入れられない」と述べるなど、依然として強硬な姿勢を崩していない。

中でも日本として看過できないのは、日ソ共同宣言では島を「引き渡す」と述べているだけであって、引き渡し後の北方領土が「どちらの主権になるかは明記されていない」というプーチン大統領の発言であろう。

シェイクスピアの『ベニスの商人』で用いられた、「肉を引き渡すとは書いてあるが、血については触れていない」論法よろしく、「引き渡すとは言ったが主権まで渡すとは言っていない」という論法である(日本人としては「一休さん」を想起したくなる)。

日ソ共同宣言の文言解釈をめぐってロシア側が最大限の条件闘争を行う姿勢であることは明らかであろう。

 

ロシアにとっての安全保障上の脅威

日本側が妥協を示しているにもかかわらず、ロシアが姿勢を軟化させない理由としては、安全保障の理由が指摘されることが多い。

ロシアは返還後の北方領土に米軍基地が設置される可能性等を懸念しており、それゆえに北方領土を主権込みで日本に引き渡すことはできないというものである。

だが、ロシア側が提起する安全保障上の懸念とはそもそも何なのだろうか。そこでまずは近年におけるプーチン大統領の発言を確認してみよう。

●日本テレビとの会見(2016年12月)
・日本には同盟上の義務がある
・日本はどこまで自由で、どのくらいまで踏み出す用意があるのかを見極めなければならない

●東京における記者会見での発言(2016年12月)
・ウラジオストクとその北には大規模な海軍基地があり、太平洋への出口である
・日米の特別な関係と日米安保条約の枠内における条約上の義務を考慮すれば、この点について何が起こるかわからない

●サンクトペテルブルクにおけるマスコミ代表者との会見(2017年6月)
・アラスカや韓国など、アジア太平洋地域で米国のミサイル防衛(MD)システムが強化されており、ロシアにとっての安全保障上の脅威である
・我々は脅威を除去せねばならず、島(北方領土)はそのために好適な位置にある
・返還後の北方領土には米軍基地が設置される可能性が排除できない
・これは日米間の合意の帰結であり、公開されていないが、我々はその内容をすべて知っている

●モスクワにおけるマスコミ代表者との会見(2018年12月)
・沖縄では米軍基地移設に対する反対運動が広がっているが、その声が日本の政策に反映されていない
・この問題について、日本にどこまで主権があるのかわからない
・日露が平和条約を締結した後に何が起こるかわからない。これに対する答えなくして具体的な解決策をとることはできない
・米国のMDシステムは戦略核戦力の一部であり、防衛的な性格であると理解することはできない

●モスクワにおける企業団体代表者との会見(2019年3月)
・日本との交渉の勢いは失われた
・日米安保条約の下では米国は通告さえすれば日本の領域内に軍事基地を設置できるのであって、日本が平和条約交渉を始めたいならば日米安保条約を脱退せねばならない

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