「悪運も実力でねじ伏せる」師匠を驚かせた“藤井七段の圧巻の強さ”
2020年01月24日 公開 2020年01月24日 更新
小さなことだからこそ全力で立ち向かう
藤井は研究会の将棋でも決して手を抜きません。そもそも「手を抜く」という概念がなさそうです。
気楽な将棋、誰も見ていないような些さ 細さいな勝負も全力で指しています。形勢が苦しい時も徹底して頑張り抜きます。
与えられた課題に対し、常に全力で立ち向かいます。それがどんなに小さなことでも。「あきらめない」ことこの上ありません。
ある将棋の原稿を見せた時のことです。見てほしいのは将棋の盤面だけなのですが、それ以外の表現の間違い、印刷ミスまで見つけてくれます。与えられた課題に正面から立ち向かっているのが伝わってきます。
「一体どれだけの時間を割いてくれたのだろう」
申し訳なく思います。
竜王戦の豊島戦の敗戦の後でした。関係者数人と食事に行き、新聞記者の方と3人で将棋会館に戻ったのは夜中の3時半。始発まで時間をつぶすことになりました。
私は何気なく詰将棋を見せました。昔の将棋雑誌に掲載されていた詰将棋。若手棋士や奨励会員が何人挑戦しても解けません。詰みそうだけどどうしてもギリギリ詰まない。
「印刷ミスに違いない」と結論づけられた問題です。
詰まない詰将棋は、犯人がいない推理小説のようなもの。絶対に犯人(正解)にたどり着きません。私も藤井に雑談としてそれを話しただけです。解いてもらおうとしたわけでもありません。
それにも関わらず、藤井はそれを真剣に考えだします。(よし、解くぞ)というギアチェンジがこちらにも伝わってきました。ちなみに時刻は明け方近く。しかも深夜までの対局後です。
十数分は経ったでしょうか。疲れきった表情を見せて藤井は結論付けました。
「これは……詰みませんね」
だからそう言ったじゃないか……という私の心の中のつっ込みはさておき、この「楽をしない」性格が彼の強さの一端なのは間違いありません。何度も見ている光景ですが、それを再認識しました。
しかし一方、藤井の性格を知っていたにもかかわらず、あのタイミングで正解がない詰将棋を見せてしまった私。少し自己嫌悪にもなったのでした。
強豪は相手に妙手を出させない展開に持ち込む
豊島竜王・名人と藤井の対戦は、2019年12月現在、公式戦では四戦とも豊島さんが勝利しています。同年1月の新人戦優勝記念対局だけ藤井が勝ちましたが、このままでは豊島さんに対する苦手意識が出てきかねない情勢です。
居飛車党、最新形を得意とする「読み筋が合う」両棋士です。ただ、合うがゆえに豊島さんの用意周到さに、ちょっと追いついていない印象があります。
2人の対戦の初戦、後手番の豊島さんは短時間で指し手を進め、藤井が回避できない千日手の局面に誘導しました。藤井は時間を使わされ、先手番も失う。これは完全に豊島さんの研究による「作戦勝ち」でした。
盤上だけでなく、時間をも支配する、豊島さんらしい千日手。強さの一端です。
勝敗こそ決しない千日手ですが、これは藤井にとってダメージがあったことでしょう。指し直し局も含めて、2回とも「やられた」気分だったかもしれません。
余談ですがこの翌日、私は藤井と名古屋で会う予定があったのですが、携帯電話を将棋会館に置き忘れてしまったようで、なかなか連絡がつかなかったことを思い出します。
藤井が高校生であることが勝負に与える影響はそこまで大きくないと見ます。ただ、時間を将棋のみに費やせないという点では、他の棋士と比べると、そこはハンディがあります。
豊島さんに限らず、学業を終えたトップ棋士は皆、持てる時間をフルに将棋に費やしているはずです。そんな強豪と対戦すると、藤井は時間が足りないことを痛感しているのではないでしょうか。そして、もっと将棋に時間を費やしたいのではないかという気がします。
私たち棋士は正解を探し続けています。正解を求め続けること自体が楽しみでもあります。
しかしいくら探しても、答えにはたどり着きません。
正解を探そうとするとわからない。いや、「正解がない」という表現のほうがいいかもしれません。その人の「正解」が正解。極めて主観的なものかもしれません。
時間不足を藤井が持てる才能で凌しのげるかどうか。人が思いつかない手が浮かぶ点で藤井の才能を上回る棋士はそうはいません。
藤井の将棋には、相手の間違いを期待するような小ずるさが全くありません。なので、最善の応酬を前提に読み進める。これは崇高な信念です。
ただ、結果として時間を使いすぎてしまうところもたしかにあります。ここをトップ棋士たちは突いてきます。藤井の力を出させない展開に持ち込む強豪たちとの戦いはこれからです。