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いつもニコニコしている人は、なぜ愛されるのか? 仏教が示す絶対的真実

2020年02月03日 公開

鵜飼秀徳(ジャーナリスト・浄土宗僧侶)

 

お布施はお坊さんに払う報酬ではない

このように一見、布施とビジネスとは相いれない存在のように思えます。しかし、決してそうではありません。布施の精神をもって仕事をするか、そうではないかで、企業の体質が180度異なります。

それは回り回って、業績にも反映されます。今からその理由をご説明しましょう。

そもそも布施の語源は古代インド・サンスクリット語の「ダーナ(檀那)」からきています。ダーナの意味は「与える(施す)こと」。臓器移植の提供者を意味するドナー(donor)の語源も、サンスクリット語のダーナです。

江戸時代、寺を護持する人々(=檀那で構成された関係)を、「檀家制度」といいました。つまり、檀家とはお寺に対して「布施をして、支える役割を担う」という意味があります。

では、布施といえば、通常、何を連想するでしょうか。多くの方が、お葬式や法事におけるお坊さんへの「報酬」ととらえているのではないでしょうか。

最近、お葬式の際にお布施の金額がわからないということで、寺院のほうから布施の金額を明示するようなケースも出てきました。しかし、これは本来の布施の理念とは相反する行為です。

布施の精神に照らし合わせれば、もらう側が金額を決めるのではなく、出す側が決めるのが鉄則だからです。

もらう側の僧侶が金額を明示して、お経を唱えたり、戒名を授与したりすることは「サービスの対価」になってしまいます。したがって、厳しい言い方をすれば、布施の金額を明示した宗教儀式は単なる「ビジネス」ということになるでしょう。

それでも、現代日本にあって「金額を明瞭にしたほうがわかりやすい」「布施金額を教えてくれるほうが檀家に寄り添っている」と考える人が多数派かもしれません。現実的には、ある程度の「目安金額」を提示せざるを得ないこともあるでしょう。

ですが、本来の布施は、このような考えとはまったく違うということを知っておいていただきたいと思います。仏教には、布施をすることは功徳になり、滅罪につながるという考え方が存在します。

つまり、結果的に、布施は回り回って、善の果報となって戻ってくるのです。だから、布施は、与える側が自分の能力や事情に応じて能動的、積極的に行うことが前提となります。

自分の果報になるのですから、「布施をさせていただいて、有難い」となるわけです。

 

相談も「施し」

仏教はとくに布施の精神を大事にしています。それは、悟りを得るための修行の到達点を意味する6項目(上座部仏教では10項目)の最優先事項として、布施が挙げられていることからもわかります。

これらの項目を六波羅蜜(十波羅蜜)といいます。

六波羅蜜は順番に、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧のことです。布施が六波羅蜜の最初に挙げられているのは、誰もがすぐに実践でき、また、自分を確実に成長させてくれ、さらに他者に幸福を手向けることができる善行だからです。

もともと布施は、お釈迦さまの時代から存在していました。布施には大きく3つの種類があります。

出家修行者が修行に打ち込むため、それを支える在家信者が、衣食住など生活に必要なのを経済的に援助するのです。これを、仏教用語で「財施」といいます。

布施は金品を出す側だけの一方的な関係では成立しません。施しを受けた出家者もまた、布施をします。信者に対して、世の真理を伝える説法を行うのです。

これを「法施」といいます。お坊さんから説法を受け、絶望から逃れることができるならば、その人は喜んで布施として金品を差し出すでしょう。

布施の種類には、もうひとつあります。

それは、人から恐怖や不安を取り除く「無畏施」と呼ばれる布施です。わかりやすくいえば、誰かが悩んでいたり、苦しんでいたりする際に相談に乗ってあげることも、立派な布施と言えます。

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ビジネスや仕事に活かせる「無財の七施」 >

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