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生き方

がん専門の精神科医が知った「成功しても幸せになれない人の共通点」

清水研(精神科医)

2020年09月15日 公開

 

小さなところから「want」の声を聴く

もう1つ、私の場合は小さなところから自分の「want」を聴く練習を始めました。例えば、昼ご飯はコンビニで買って食べる機会が多いのですが、今までは「うどんだったら手っ取り早く食べられるぞ」とか、「かつ丼はカロリーが高いな」などと考えながら、選んでいました。

しかし、そういうような合理的な計算からちょっと距離を置いて、胸に手を当てながら「自分は今どんなものを食べたいと感じているんだろう」ということだけに集中してお店の戸棚を眺めます。そうすると、自然と食べたいものに手が伸びていきました。

理屈ではなくて、食べたいと思ったものを食べることで、少しだけ心は満足するように思います。その他、借りる映画のタイトルを決めずにレンタルショップに行って戸棚を眺め、心が動いたものを借りてみる、書店をぶらぶらして心がワクワクと反応した本を買ってみるなどもあります。結果的に買わなくてもかまいません。

心の赴くままに行き当たりばったりいうことがとても良いと思います。目的や時間の制限を決めず、自分の心がどこにワクワクするのか、「want」の声を聴くことを意識することが大切なのです。

私は地道に「want」の声を聴く練習を続けました。「must」の声を異物と認識し、反抗してよいと思ったときはその声に大胆に逆らってみたりしました。そうすると、面白い変化が起きたのです。時々世界が輝いて見える瞬間が現れるようになったのです。

先日、軽井沢の森の中のある露天風呂に行きました。腰から下は温かい温泉につかりながら、上半身は自然の冷たい空気がピリッと心地よく、とても気持ちよかったです。上を見上げると、そびえたつ針葉樹の間から晴れ渡った高い空が見渡せました。

私は深呼吸をしたくなり、空気を胸いっぱいに吸い込むと「ああ、生きてる!」と心の底から思いました。場所を移動すると山に見える紅葉がとってもきれいで、その美しさに見とれているうちに、自然と涙があふれてきました。

実は、5年前にも同じ露天風呂に行ったことがあったのですが、その時は「帰ったら会議だ。どうしよう」「あの仕事、まだ終わってないな」と、そんなことばかりが頭を巡り、周りが全然目に入らず、自然を堪能することなど全くできませんでした。

まさに、「must」に縛られ、今生きている瞬間が楽しめなくなっている状態だったのです。それが今回、軽井沢で紅葉を見て初めて「ああ、紅葉ってきれいだな」と思ったのと同時に「私は人間になった」という思いが去来し、涙があふれ出てきたのです。

この時「人間になった」と感じたのは、紅葉を見て感動している自分を発見し、「私は冷酷な人間じゃない。ちゃんと美しいことを感じられる心があったんだ」ということを思ったからです。

それまではずっと、心を殺して感情をあらわにすることもなく、皆が泣いているときもなぜか冷めた気持ちの自分がいて、「自分は冷たい人間なのかな」と思うことも少なくなかったのです。なので、「紅葉ってきれいだな」と思えた瞬間に、自分にも温かい心があったのだと思え、すごくうれしくなって涙が出たのです。

このように私自身に変化が生じたのは「must」に縛られていた自分に別れを告げ、「want」で生きられるようになったからに他なりません。

「must」に縛られていた時は本当の自分はどこにいるんだろうという感覚があったのですが、「want」の自分を救い出せた今は、本当の自分になれたような気がします。

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