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日本人が「指示待ち型」になるのは受験勉強のせい? 閉塞から脱却するための思考法

岡田昭人(東京外国語大学教授)

2021年04月30日 公開 2022年10月06日 更新

トロッコ問題

「トロッコ問題」による思考実験

モラルジレンマを用いて答えのない問題について考え、議論する講義で人気を博しているのが、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授です。

サンデル教授の大学での一般公開講義には数万人が押し寄せ、その講義の内容を著書とした『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)は世界各国で大ベストセラーになっています。

具体例としてよく挙げられるのが「トロッコ問題」です。これはイギリスの哲学者フィリッパ・フットが考案した思考実験で、私もこの問題を以下のように少しアレンジしてゼミの授業で学生に質問しています。

_______________________________
「あなたはトロッコを分岐点でしかるべき方向へ進ませる仕事に従事しています。その日、あなたはトロッコをA地点に進ませることになっています。

ですが、その日あなたはブレーキの効かない暴走したトロッコが走ってくるのが見えました。A地点に向かう線路の先には、5人の作業員がいます。そのまま進むと、5人の作業員はまちがいなく犠牲になります。

その時あなたは、事故を避けるために分岐点でトロッコの進路を変更し、B地点へ進める方法を考えました。しかし、その先には1人作業員がいます。

トロッコの進路を変更すれば5人は助かりますが、変更した先の1人が犠牲になります。

あなたはトロッコをAとBのどちらの地点に進めますか?」
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このジレンマは、簡潔にいえば「5人を助けるために1人を犠牲にしてもいいのか?」ということです。「1人を犠牲にして5人を助けるべきだ」という考えもありえますし、「もともと自分に与えられていた職務を全うすることが大切で、それ以外のことは正しい行為ではない」という結論も考えられるでしょう。

この思考実験からは、人間のモラルが「正」と「誤」だけで判断できず、いかに複雑かがわかります。

このトロッコ問題は、次の3つのステップに沿って考えると、正義に対する道徳心の「揺れ」を感じると思われます。

(1)「正義」を数で決められるのか?
(2)状況や手段によって「正義」は変わるのか?
(3)対象がだれかによって「正義」は変わるのか?

(1)「正義」を数で決められるのか?

ゼミの学生にAとBのどちらへ進むかと質問すると、おおよそ8割の学生が「5人を救うために電車の進路を変える」ことを選び、それが倫理的に「正しい」と答えます。

一方、いつも少数ではありますが、「自分の仕事の義務を守れ!」と考え、多くの人を救うためであってもその手段として人を殺すのは「正しくない」と答える学生も必ずいます。

この段階では、「正義」は人命の多い・少ないという「数」が基準となって決定されます。

(2)状況や手段によって「正義」は変わるのか?

そこで議論を進め、学生に次のように質問します。

Aを選んだ場合:「助かった5人のうちのだれかが自分の身内だったらどうしますか?」
Bを選んだ場合:「もし犠牲になる1人があなたの身内だったらどうしますか?」

こうした質問を投げかけると、たいていの学生は自分が最初に選んだほうに対してモラルジレンマを感じます。特にBに関して、犠牲になる人が「恋人」と想定した学生は、この時点でたいていAに変更してしまいます。

ここで、「正義」は数ではなく、「自分にとって大切かどうか」が基準となってきます。

(3)対象がだれかによって「正義」は変わるのか?

3ステップ目のキーワードは「利他主義」です。それは「他者の利益のために行動する」という考えであって、「常に他者を助ける」ことが正義とされるので、自分や身内が犠牲になる場合も含めて、相手が誰かによって区別せずに助けなくてはなりません。

ここで、それでもBを選択する(身内の犠牲を厭わない)学生に最後の質問をします。

「もしAにいる5人があなたの敵だったらどうしますか?」

さあ、ここまでくるともう「究極の選択」になりますね。

ちなみに、哲学者のニーチェの考え方では、こうした状況での「利他主義」は「健全ではない」とされています。いくら他者のためであっても、かけがえのない人が犠牲になってしまうのなら、5人を犠牲にしてでもその人を救おうとするほうが健全であるとされます。

あなたなら、このジレンマをどのように考えますか?

サンデル教授がどのような結論を下しているかは、『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)の第1章(41ページ)に記されているので、気になったら確認してみてください。

このように、モラルジレンマの教材には、答えのない問題を深く考え、時には葛藤を直視し、耐える思考を育てるための題材がほかにもたくさんあります。以下の話を友達や同僚といっしょに読んで、納得いくまで話し合ってみてください(答えはありません)。

 

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